小説『迷子の星の王子さま』

読み切りBL。真面目に書いてたら途中からふざけたくなってそのまま無理矢理終わらせた。適当感満載。嫌いじゃない。

『迷子の星の王子さま』

いきいきと生きなくても良いのではないか。べつに。

小学校のクラスの壁に貼ってあるスローガンはしずかで絶対の拷問だった。

あかるく。げんきに。なかよく。

そして少年はうつむくようになった。
なぜいきいきと生きなければいけないか。
生きるだけでいいんじゃないのか。べつに。
それから少年は図書室で本を読む。嘘にのめり込むことができず図鑑を好むようになる。
星の図鑑はとくに好きだった。本当と嘘の間みたいな気がしたから。

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少年はある日クラスメイトを傷つけてしまう。
大切に抱えていた図鑑を取り上げられた挙句破られたので。
教師は少年が悪いと責めて事件は事件にもならず忘れ去られた。
強いて言えばクラスメイトにとっていっときの娯楽にはなったかも知れなかった。

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少年はうつむいたまま成長し学校を出て働き始めた。
夜更かしを覚えて星空を見上げるようになった。
図鑑で覚えたたくさんの星座があった。

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青年になった少年はそんなある日人を傷つけてしまいお金が必要になった。
毎月の給料では足りない金額だった。
当時青年の部屋には一冊ずつ歩いて買い求めた図鑑があり、それを売ってなんとか必要なお金を払い終えることができた。

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空っぽの部屋で仰向けに寝転び青年は思った。
いきいき生きたいわけじゃない。のに。
天井にかつてのスローガンが浮かび上がってきた。
あかるく。げんきに。なかよく。
自分には何もないじゃないか、何も。欲しくないみたいな顔をして。どうせ手に入らない。ひとつも。ひとっつも!

起き上がり狭いベランダへ出てみると空にはいつものように星座があった。
いつもと違ってぼやけていた。
いい歳をして泣くのか?恥ずかしい奴め。
アイロンがけもしておらずよれよれのシャツの裾で顔を拭う。
近所の人に見られたらいけないとうつむいたまま部屋に戻ってカーテンまで締めた青年はベッドの上に輝くようなイケメン(全裸)が横たわっているのを見た。

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今までにない類の幻覚だ。
つまりとても疲れている。
とりあえず幻覚は無視してシャワーを浴びよう。
熱いシャワーを浴びた青年が部屋に戻ってくると、ベッドの上のイケメンは狂おしいほどの真顔で青年を見ていた。
あ、そういえば帰ってから物を口にしていない。
無自覚の空腹がこんな幻覚を見せているのだな。
青年は冷蔵庫から賞味期限間近の惣菜を取り出すとレンジでチンした。
チン、と鳴った時に「ぴゃっ!」と声がしたが、まさか?いやいやあれは幻覚つまりこれは幻聴だ。
青年は湯気立つお好み焼きを手にベッドに腰掛ける。
イケメンがすり寄ってきたような気がしたがどうせ幻覚。
相手をしたら心底自分は末期。
そう思い無視を続けたがイケメンが捨てられた子犬のようにくんくん鼻を鳴らしているので考え直した。

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もしこれが幻覚ならば、だ。
相手をしてやっても良いんじゃないのか?と。
現実ならば逆にやばい。
不法侵入だから警察に通報するなりキッチンの包丁で応戦するなりしなければならない状況なのかも知れない。
でもそれって面倒くさい。
だからこれは幻覚。
幻覚であることを確実に確信するためには自分自身が身をもってこれを幻覚であるかのように振舞うべき。
あたかも幻覚であるかのように。

「おいひい」。
気づけばイケメンの口にお好み焼きを入れてしまっている青年だった。
割引の効いた食べ慣れたお好み焼きだ。
それをこんなにもとろけるような表情で食べる者もいるのか。
さすがイケメン。
もっと食べさせたい。
そう思った青年は繰り返しイケメンの口にお好み焼きを運ぶ。
「おいひい、おいひいな、これ!」。
はふはふしながら美味しそうに食べてくれるため青年は自分も満腹になってしまった。
光り輝くイケメンは腹を満たしていっそう体から発光した。
(この体どういう仕組み?)
首をかしげる青年。
イケメンはすっかりシャンとなり立ち上がると、その背丈は青年の頭ひとつ上を行く。

「非常に助かった。ぜひ礼をしたい」
「いいよ、そんな。美味しそうに食べてくれるから、ぼくこそ、ありがとう、食べてくれて」

青年は(ぼく何言ってんだ?)と思いつつ気持ちを伝える。
人に気持ちを伝えたり感謝の言葉を述べたりするのが久しぶりだったためまた涙が滲んできた。

「いや、それでは食い逃げになってしまう、どうか私に礼をさせてくれ」

イケメン発光体は青年の前で跪くと恭しく手の甲に口付けた。

「いや、大袈裟だよ。そんな」
「結婚しよう」
「は?」
「決めた、結婚だ。言い遅れたが私はとある星の王子で、銀河系をめぐりながら花嫁を探していたんだ。遠出が久しぶりではしゃいでいたら従者とはぐれてしまい、不安および空腹だったところをこうしておまえに救われた。運命だ、結婚しよう」
青年の思考は停止した。
どういうことだろう?
しかしそれは、小学校の時に教室の前に貼られていたスローガンをひたすら見ていた時の気持ちとはまったく違っていた。

だったら、もういいかと思った。

この、頭のおかしそうな男(だがしかしイケメン)の独特な世界観に乗っかってやっても良いか。

おそらく彼も現実世界で何か嫌なことがあり直視できなくなったんだろう。
それでこんな犯罪すれすれの格好で人の家に不法侵入なんか。
かわいそうに。

「いいよ、結婚しようか」
「ほ、本当か!」
「うん、どうせぼくはこの星では結婚できないし」
「そうなのか?こんなに優しくてしかも状況適応力があるのに、なぜ?この星のやつは馬鹿か?壊滅させる?中心から爆破しようか?」
「いやいや、ぼくに足りないんだよ」
「足りない?何が?」
「うーん、男らしさ?頼もしさとか権力とか?お金とか財産?」
「なんだ、それごとき私が全部持っているものだ。なおさら都合がいい。もしおまえもそれを持っていたら私とかぶってしまうからな!」
「それは良かった」
「さっそく婚礼の儀を取り計らいたい!おまえの気が変わらないうちに!」
「変わらないよ。変わるものか。安心していいよ」
「はあ好き」
「でも従者さんとはぐれたんだよね?どうするの?」
「待つ」
「は?」
「待つ。それしかない。迷子になったら下手に移動せずその場所に留まるのだ。私のいちばんの側近、レゾンデートルの言葉だ。とても有能なやつだから間違ったことは言うまい」
「なるほど。じゃ、とりあえずそのレゾンデートルさんの言う通り、ここでしばらく暮らした方が良いね」
「うん。私、帝王学受けてきたから割となんでもできる」
「ふふ、帝王学って」
「ところでこの部屋は何もないな。豪華にしてやろう」
イケメンはそう言うと指をおかしな形に何度か組み替えた。
設定凝ってるなあと青年は感心した。
出鱈目にしてはシャキシャキ動いたからだ。
数秒後、部屋の中には黄金に輝くキングサイズベッドが出現していたが青年はまったく驚かない。
なぜか?
青年にとってはあくまで幻覚の延長だからだ。

「すごいなあ」
「そか?私は褒められると嬉しい」
「うん、すごいすごい」
「今度は二回も褒めてくれた!好き!レゾンデートルは私のことをあまり褒めない。なぜ褒めないか?と問い詰めたら、褒めるところが見当たらないからだと述べた。だからなんとかして褒められるようなところを作ってくださいませ陛下、と」
「はは。めっちゃディスられてんじゃん」
会社にいる時のぼくかよー。
青年は初めて笑った。
イケメンはその笑顔をポーッと見ていた。

ああ、この星に落ちて良かった。
(口うるさいレゾンデートルなんかに見つからなければ良いのに)。

星の王子さまは生まれて初めて側近を疎ましく思った。

あと花嫁みつかって良かった嬉しい。

「おまえのこと宇宙一幸せにしてやるからな」
「はいはい、よろしく」
「好き!」
「はいはい、すきすき」

こうして今日も銀河の片隅では偶発的に(きわめて一方的な)愛が誕生しているのだった。