no.312

君がどうして幸せになる道を選ばなかったのか僕には理解ができない。わざわざ茨の生い茂る道に分け入って、微かだけど鋭い棘にやわらかな皮膚を裂かれて、それでちっともめげることなく平気でいるのは。君にとっての使命はもしかしたら違うところにあるのかも知れないのに。草叢に落とされたハートのエースを拾い上げて、もとどおりにつなぎ合わせるでもなく、このままでも悪くないねとまで言えるのに。水脈のありかなんて誰にもわからない、だとしたってここにはこれだけの緑が生息しているのだから他でも良いだろうに。夜になればカンテラひとつあるだけの心細い庭園。少しだけ勇気を出したなら君の横顔をスクリーンに映写されたもののように見つめてみる。どうしてだろう。なぜ僕だったんだろう。そんなことを繰り返し考えていたら形を失う心地がする。僕が僕でなくなっていくような。そうすると決まって、なんだ泣いたりなんかして、って、君の指がじかに触れる。サーチライトの輝きはない、この淡い発光を守るために闇があった。どんな前触れにも汚せない時間が、標本箱に守られずとも、いつまでもここにあった。