小説『イミテーションスープ』

戻っておいで、大丈夫、おまえが抜け出した毛布の中はまだあたたかい。

粉末のコーンスープをお湯でとかして「つくったよ」と差し出せば泣きながら飲んだね。手料理なんて初めてだ、コーンスープなんて初めてだ、誰かと食卓を囲むのも。そんなに感激されては見捨てられない。僕はおまえにもう一皿、料理を振る舞うことにした。少しだけ手を加えて。少しだけ。あと少しだけ。もう少しだけ。

そうして日々が重ねられ、いつのまにかレパートリーが増えた頃、上司から通達があった。「地上で料理人にでもなるつもりか?自分の役目を果たせ」。僕は本題を思い出して、ある夜、おまえを手にかけようと決意する。しかしおまえは偶然にもコンビニへ出かけていたので僕はスマホで「遠くへ逃げろ。この部屋は包囲された」と送った。あれ以来おまえはこの部屋へ帰ってこない。

一年が過ぎ、また冬が来るらしい。
上司は呆れたのか指示も出さない。僕はどうやら解雇されたみたいだ。代わりがいるのはこちらもあちらも同じなんだ。

ピコンと音がしてメッセージを受信した。驚いて飛び上がってしまったことにひとり赤面。

「きみが人でないことは分かっていた。でもおれはひさびさに誰かと話せて安心したんだ。まだ、喋れたんだって。まだ、美味しいと思える味覚が残ってたんだって。たとえそれがインスタントのコーンスープであっても」

ばれてら。

僕は横目でメッセージを何度かなぞった後、冒頭のメッセージを返信する。
戻っておいで、大丈夫、おまえが抜け出した毛布の中はまだあたたかい。
だって死神に温度は無いからね。
まだあたたかいと信じるのは僕の自由だ。