小説『北の光』

さみしい。呟いたきみの気持ちが一気に伝染して、そうかさみしいのかと言えなくなった。分かるから。ぼくもそうだから。

北の光を探したのに。手をつなぐこともあったのに。さみしいと言えるくらい、きみはちゃんと人を好きなんだね。

ノイズのように雪が降る。いっそ隔てると良い。まだきみの姿が目に映る。きみの目にはぼくの姿が。

もう大丈夫です、あなたは、もう大丈夫。きみが言う。恐れていた言葉を言う。あなたはちゃんと人間なので、私を捕まえていなくとも、これからも生きていけるのですよ。充分にわかったでしょう。

認めたくなくて俯いたぼくの、頭のてっぺんに雪がさみしく降り積もりますよう。きみの罪悪感を引き出しますよう。胸を押さえず祈った。指を組まずに願った。

「しかしぼくが正常に戻るときみは役割を終えてしまうのでは?」。
切り札にとっておいた問いを突きつける。
「ぼくが、はいそうです、と頷いたらあなたはさみしいどころではなくなるのでは?」。
言い方を変えただけの問いをまた突きつける。

視線を上げるときみの首を真横に赤い線が横切った。線はぼうっと膨らんだ後、白い肌を赤く染めた。痛かった?と訊ねかけたけれど、なんてことない顔をしてきみは語り続けている。ぼくは諭されようとしているのだ。そのことが分かり安堵する。きみは平気なきみのままで、傷に見えた赤は幻、か。

「もしぼくが本当に大丈夫と言うのなら、あなたの後ろを歩いても?」。
「いいよ」。
「逃げたり傷つけたりするかも?」。
「しないよ」。
「なぜ分かる」。
「もしそうなっても良いから。構わないから、しないよと答えた。今」。

北の光を浴びに行った。美しいものに触れないよう白銀の世界を歩いた。ふたり連なって歩行するとき、その姿は遠くの人に赤い糸に見えたかも知れない。

運命を信じますか。いいえ。運命を作れますか。いいえ。では運命とは何ですか。問いと答えのためにあるもの。交わす言葉を形成するもの。もしあなたがぼくにかける言葉を知らず、ぼくもあなたに伝える言葉を持たない時は、この手がかりを使いましょう。結ぶ約束も無いのなら。期待できる未来が来ないのなら。

始まったぼくたちの旅路は、ようやく終点を迎えつつあった。黙々と歩いている時に交わせなかった会話を、少しずつ始めよう、いま。きいて。