小説『逢う魔が時』

買ってもらったボールが飛ばなくて
こんどは空に向かって投げた
ぼくの名前ごと飛んでいった
いずれ落ちてくるだろうと正門をくぐる

帰り道にボールを探したけれど見つからない
ほかの人に持っていかれたんだろうな
あるいは犬とか車に潰されるなどして
ぼくはボールのことを忘れて宿題にはげむ

それから数年が経ち
ぼくは少しの変哲だけ持った大人になった
大人ってなってみると案外かんたんなことで
だけどときどき夕焼けから目をそらす

茜色の中でぽつんと電球みたいに
あの日のボールが落ちていた
ゆっくり歩み寄り拾い上げようとする
誰かの手が重なった

驚いて手を引っ込める
あの日のボールなわけないのに
自分のもののように拾おうとなんかして
ぼくはおとなの仮面をつけてから顔を上げる

失礼、

同時に発したその言葉が重なる

すみれ色の目をした生き物だった
本来ならどんな色かは分からない
茜と混じってしまってる
ただこの世界で生まれたものではないだろう

白球の主はあなたか
待たせてすまなかった
この星の空気に慣れるまで
意外といろいろ必要でな

かわいそうに
きれいな男だが頭が弱いんだろう
だけど手渡されたボールにはぼくの名前が書いてあって
仮初めのお面は音もなく剥がれ落ちた