【雑記】令和3年

詩が700番台に突入しました。1000まであと300。

番号をつけて書き始めたのが2015年5月。それまではひとつずつタイトルをつけていましたが、タイトルの魔力で読む人の自由を奪いたくないと思って単に通し番号にしました。

タイトルって端的にあらわすので、とらえようによってどうにでもなった詩をこっちが「こうですけど?こう読んでもらっていいすか?」みたいに差し出すのなんかもったいないかな、て。

でも人のを読むときはタイトルついてたほうが「ほう。こういうことを書いたものだな」と納得できたり見方が深まったりするのでタイトルをつけることそれ自体はどうこうじゃなくて、あっ、私がめんどくさくなっただけかな?忘れた。

そう。700まで5年かかってる。1年で140こ書くペース。ペースが変わらなければ約2年後の今頃に1000達成するということか。

2年後といえば2021年。令和3年。私は何をしているだろうかな。身の回りの誰かが亡くなったり、自分が亡くなったりすることも可能性としてはあるわけだしな。災害があるかもしれない、事件や事故にまきこまれるかも、なんなら加害者になってしまうかも、幸せであるのか満たされないのか、ひとの人生は霧である。たとえば2年前を思い出してみる。その頃の自分が今の自分を想像できたろうか。うーん、できたかというより想像もしていなかったな。したかもしれないけど忘れた。ほら、この程度である。

できれば生きて詩を書いているといいのだがなあ。

こう思える今が一番ことばに近いのかもしれん。蜜月ですな。ことばとワシの蜜月じゃ。今日も生きてえらい。ここを今読んでいるひと、この最後の1行を読んでくれているひとは、ここにたどりつくまでの数分を私にくれたということで、てかそもそも生きてるということで、本当にえらい。マーベラス。ありがたみしかない。