No.686

えー、だって冷食は手料理でしょう。屈託のない笑顔で言いながら解凍前の唐揚げを弁当箱に詰めていく。反論を待っているのか、心底そう思っているのか。どうやら後者だったようだ。話題は次へ。自転車のサドルが。すずめが。きのうの飛行機雲が。スーパーで。新しい家が。あ、空をみて。そう言われて顔を上げるが何もない。くまなく目を凝らすがやっぱり何もない。目を細くして睨むとやっぱり笑っている。「聞いてないかと思った」。うん、そうだ、ぼくも聞き流してるつもりだった。「これってさ、愛だね」。愛とかそんな簡単に言うなよ。「かんたんでしょ」。そういえばおまえは出かけることをピクニックするという。それがぼくと出かける時だけの言葉だと知ったとき、いとしい気持ちと申し訳ない気持ちが同じくらいの大きさになって、言葉にならなくて、涙ばかりこぼれたんだった。いつも笑ってるおまえはその時だけはいつもと違う顔で「わるくない、わるくない」と教えてくれたんだった。そういえばぼくも、きのう。空を見たまま話し出す。はなうたが相槌に変わる。なるほど、たまには立場逆転も悪くない。