No.669

いつだってもったいぶってた。たやすく口にしたら負けだって思ってた。要求を飲んだら形勢逆転は到底不可能で、弱みを見せたら逆手に取られる。ありもしないルール、体験したことのない思い込み。近づくすべてを否定する理由をさがしてた。あと、十日だった。あと十日もあれば僕たちはきっと足並みそろえて新しい朝を迎えられたのに。君が僕におくるプレゼントと別れは似ていた。どちらも唐突に訪れる。あの花の名前を教えてくれた人は、もうこの世界に現れない。だいじなものって、そうなんだ。自覚してるかなんて関係ない。ぎゅっと握っているうちは見えないんだ。僕も例外じゃない。特別な存在なんかじゃなくて、夢を見たり裏切ったりする生き物だから、ひとりでいるよりふたりを選んで、ぎゅっと握っていたんだろう。僕の手を握り返すために、臆病な僕が迷子になってしまわないように、他のすべてを捨ててきた君の冷たく強い手を。