No.655

目をつむったほうがいい。たとえ眠らなくても。さもなくばきみは不幸を知るだろう。かけ違えたボタンが、それでも何の不自由もなく役目を果たすところを目撃する。

閉め忘れた窓からは花の香りばかり。

思いが時間なんか無視して、まばたきの後に白い天井を見上げてた。綿毛のように囁く声。淡いみどりに仕切られた聖域で。熱心にひとりごとを述べていた。

きみはぼくを殺すことをやめた。約束を破ることを選んだ。きみの幸せが不幸を上回ったんだ。窓枠に象られた空は馬鹿みたいに青かった。

冷蔵庫で寝かせたゼリーが、今だれの口に入ったかぼくは知らない。裏切りで平和は買えるのに、認めようとしないきみを嫌いだ。

ふと目を開けると窓枠は閉じられて、束ねた光が無造作に踊っていた。匂いを残せないシーツの上で。痕跡を残さないぼくの恋人。呼ぶことができない無名の神さま。