No.637

無人駅。新しくも見えるし、昔からあったふうでもある。改札付近に花が飾られていた気がするし、これから舞い散る予感もある。もしここが誰にもたどり着けない駅ならば、誰へ何を伝えよう。明けない夜はないよ。そんな言葉を希望であるみたいに言う、きみとは絶対に分かり合えないと思った。つないだ手を離して、あれからどれくらい経つんだろう。数えていないけど、数えていなくてよかったと思う。未練たらしくてうんざりしただろうから。でも言いたい。明けない夜は、つくりだせるものなんだ。つくりださずにはいられないひとが、つくりだすもの。ふうんって片目を細めて首をかしげられてもいいや、同じものを食べてはにかみたい、一回でもあったら出会えてよかったって訂正する。ぼくはもう「いつか」なんて言わないんだ。いつかが言い訳だと知ったから。ホームに列車が音もなく滑り込んだ。ぼくの前で扉が開閉し、いままでのぼくだけを乗せて走り出す。両目の縁から色とりどりの涙がこぼれていた。ひとつひとつにはまだ名前がなくて、ぼくはそれを誰かへ見せたい。そう、たとえばきみに見せたい。だってきみなら知っているかもしれない。知らなかったとしても、色の名前くらいでたらめで言えるだろう。ひとりよがりだったぼくに声をかけるくらい、変わり者だったんだから。世界が#83CCD2に染まり出し、なんにも聞こえなくなって初めて、ぼくは歩き出した。自分の足で。