No.636

夜明けから逃げる。この旅は誰にも気取られず続行する。うつ伏せた雑誌の下に表情を隠す。穏やかでいられないくらい、炭酸水が鳴いている。鏡の中じゃあなたは今もヒーローなんだ。嘘つき呼ばわりされたくないなら、一緒に行こう。鏡の中じゃあなたは今もプリマドンナ。いいえ、そんなはずはない。と、まわりは嘘ばかり吐く、うん、そうだね。嘘だよ。嘘には耳をふさごう。ぼくが牽引するパレードはやがて水平線と等しくなるよ。そうしたら夜明けから逃げ切れない人びとが、どうしたって出てきてしまって、ぼくはぼくが一番きらいな人たちがぼくに対してしたように、あなたたちを見捨てて行くんだ。薄汚れた相棒のぬいぐるみにしゃべらせる。しかたがなかった。おまえは悪くないよ。ひとりになったとしても。泣くことはないんだ、もとに戻っただけのことだろう。夢から覚めただけのことだろう。それが分かっただけでも良かったさ。ヒーローも、プリマドンナも、おまえの滑稽な一人芝居。ぼくがまだぬいぐるみだなんて、信じてるんだもの、ばかな子、悪い子、生かすことはおしおきのためだよ。薄汚れたぬいぐるみなんてどこにもいないよ。パレードなんか見ないよ、どうやって見るんだ、おまえは家から一歩も出ていないのに。