No.594

まな板の上で夜がどんどん刻まれて
排水口にかえりみちが流れていく
そのうち鼻歌が始まる
帰る場所なんてなかったじゃないかって

(いつも、)

太陽はいつも悪かった
僕を殺した人のことも
凍えないようちゃんと温めて
それが平等なら僕は平等なんか嫌い

(きらい、)

忘れていく
やがて忘れていくことも忘れられる
誰にも同情されないすみっこめがけて歩く
産まれてきた時のようにひとりで

(せかい、)

思い通りになるような世界じゃないけど
思い込むことならいつでもできるね
優しい人がたまに囁くんだ
目元は淡い花の陰にて

(すきだ、)

好きになれて良かった
正しさがあることを知らないうちに
それが恋だと知る前に
融け合えない二人はいつか剥がれ落ちるよ

(ほら、)

かさぶたになりたいのに固まらない血小板
握りつぶされた心臓が夕陽をぼかして
体験したことを思い出すように目を細める
やがて足下の下水管で一番星が歌い出す

(なにひとつきみはしらない)。