魔王と同居する小学生の話。
ぼくの朝は夜ごはんから始まる。
とは、八年もの人生経験上、こんなボリュームのあるごはんを朝食に出してくる家庭は、あまりないのじゃないかと、少しずつだけど分かってきたからだ。
「おはよう、ヒロ。今日の寝起きもかわいいな」。
キッチンから出てきた男の右手にはステーキ皿、左手にはグラタンプレート。テーブルの上には、鳥の丸焼き、ハヤシライス(鍋ごと)、オムレツ、サラダ、お刺身盛り合わせとあって、きわめつけにスイーツビュッフェだ。
「ねえ、マオ。ぼく言ったよね、朝はこんなにつくらなくていいって。見ただけで胃がもたれそうなんだけど」
「ヒロのことを考えていたら完成してしまったものばかりだ」
マオはうれしそうだ。悪意があるよりたちが悪い。うん。とりあえず椅子について、さあどれから手をつけよう?現実的にいってここはサラダとオムレツかな。食べられるぶんだけ取り分けて小皿にのせた。
「だいたい、こんな作って、ぼくは食べられないのに。食材をむだづかいするのも大概にしろとあれほど、んむ」。
口に入れたオムレツが、とろっとろのフワッフワだったので一瞬黙ってしまう。
「残飯処理については問題ない。我が臣下に少食はいないのだから」。
口の中でオムレツがほろほろほどけていく。
やばい、腕を磨きやがった。
いつにも増して、おいしい。
という表情を、しないようにしなければ。
表情にばかり気を取られていたのがいけなかった。
2口目に進むタイミングが早過ぎたのだ。
「うれしいぞ」。
向かい合わせに座ったマオは頬杖をついてぼくを見ている。褐色の肌にサファイアの瞳がまぶしい。威厳?あるんだかないんだか。ぼくには感じられないけど、見た目だけで言えば風格は、ある。さすが腐っても魔王なだけあるな。元、だけど。
ヒーローのぼくが魔王を倒してしまったのは一年前。空気を読めない小学二年生のことだ。本当は十年後に倒す予定だったんだけど最近は攻略法があっさり手に入る世の中になってしまって、ゲームだと解釈したぼくはうっかり倒してしまった。もちろん魔界は大混乱だ。段階的にぼくに襲いかかる予定だった魔物たちは無用となり、大量の失職者が出てしまった。魔王だって例外ではない。ニート魔王だ。他に生きられる道もないのでとりあえずぼくは同居することにした。ヒーローへの復讐を誓い身近に潜伏する魔王、というていで。そうすれば、まあ、いちばん丸くおさまるのかなって。ぼくなりに考えたんだ。ぼくはちっとも悪くないけど少しは責任を感じていて、ヒーローの掟として親は消されていたから、保護者的な立場の人がいてくれると助かるし。十八になるまでは親権者の同意が必要なことって多いよね。じゃ、マオでいいかって。
だけど、マオは違ったらしい。
なんていうか、全力で楽しみ始めちゃったのだ。この人ほんとに魔王の器だったのかな。臣下と呼ばれる方々の方がよほど強面で威圧感が漂っていて無理なんだけど。でもマオの言うことは絶対だからぼくにちょっかいを出したりしないし、見せしめで消された方もいたっけ。あの時のマオは、うん、そうだな、たしかに魔王らしかった。だけどぼくがそれを見て「わー、魔王すごーい、強い魔王だいすきー」って言うような八歳児でなかったから、マオはすこししょんぼりしていた。
「思い出し笑いか?」。
いけない、食事中だった。
「ヒロは、いいな。学校は楽しいのか?」。
「連れて行かないからね」。
「なっ、連れて行けとは、まだ言ってないだろう!」。
「顔に書いてある」。
「なんだと?!」。
「ごちそうさま」。
「ごちそうって言ったか?いま、我のつくった朝ごはん、ごちそうって言ったよな?」。
「いってきます」。
「ヒロ、もう一度言うのだ!」。
「洗濯物は室内に干しといてね。午後から雨が降るみたい」。
「ヒロ!」。
とりあえず家を出る。歯磨きは学校に着いてからするようにしている。そのほうが落ち着くから。ふう。なんとかマオに楽しく過ごしてもらわねば。ぼくはマオより先に寿命がくるんだから。かと言って学校に連れて行っても先生が困るだろうし、友達と遊ぶ時にマオみたいなやつがついてきたら防犯上は良いのかもしれないけど、マオは力量の差を考慮できないからおにごっことか始めたら公園が焼け野原になっちゃいそうだしな。どうせならあの見た目も活かしたい。ようは、人前に出していきたいんだ。かつ、あくまでイメージとして。マオは過去や素性を語るわけにいかないし、だけど普通に外に出れば目立ち過ぎるし。
教室に入ると女子が集まってきゃあきゃあ高い声を上げていた。
「何してるの?」。
「あ、ヒロくん、おはよう」。
「雑誌?」。
「知ってる?ドラマやってたオニツカくん。今度、映画出演決定だって」。
「オニツカ?」。
「知らないの?隣のクラスだよ」。
「そんなやつ、いたっけ?」。
「もう、ヒロくん、世界知らなさ過ぎ」。
「ゲームばっかりしてるんでしょ」。
女子が口々に語るところを要約すると、オニツカは天才子役だということらしい。それはそうとして、なるほど。芸能界という道もあるのか。たとえばマオが「我は齢数百年の魔王で」とか言い出しちゃっても「そういうコンセプトなのかな」でやり過ごすことかできる虚構の世界だ。あり、かも。
「モデル?マオが?」。
まあ、いきなり本人に言っても混乱しそうなので腹心の部下であるキラさんに相談する。
「うん。マオに演技とか無理かなって」。
「それは同感だ。しかし、あいつは営業力も交渉術も皆無だぞ」。
キラさんはマオの幼馴染でもあるので、他の臣下の方々より砕けた言い方をする。マオのこと、あいつ、って呼べるのはキラさんくらいだろう。マオとは対照的に青白い肌に、アメシストの瞳。よっぽどキラさんのほうが魔王っぽいや。とは言わないけど。マオって、拗ねたら面倒だから。
「はい。なので、キラさんがマネージャーすれば良いのかなって」。
こんのクソガキが。
って顔を一瞬された気がしたけど、キラさんも根は悪い人ではない。特にマオ絡みでは、出来るだけ協力する姿勢を見せてくれるのがキラさんだ。
「わかった。なんとかする。それがマオのためになると、ヒロが本気で思うのなら」。
「うん、思うよ」。
「わかった」。
「マオ、ばかだから。キラさんがマネージャーしてくれると、心強いと思う」。
「こんのクソガキが」。
あ、口に出してきた。
「キラさんのほうがスカウトされちゃうかもね」。
「お世辞言ってんじゃねえぞ。その首もいで血抜きするからな」。
「ぼくがそんなふうに死んだらマオが悲しむと思う」。
「異議なし。契約成立だな」。
ぼくはキラさんと握手する。さすが(元)魔王の右腕。すっごく、痛い。
(つづく?)
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