No.802

額縁に置いた手に傷がない。そのことを責められる。作品にしようと思ったのに。花弁と血痕とレプリカの月を、収めて取っておきたかったのに。僕の言葉や行動、考えることどこにだって、あなたの存在が影を落とさないことはない。すれ違う人々のように笑いたかった。でもそれは想像力の欠如でしかない。誰もが何かを抱えて何かを押し殺して何かを切り離して何かのために心を痛めてる。鈍感になりたかった。あなたは透明のビニール傘についた水滴を数えている。無謀だ。雨はまた降るのに。睨みつけながら言う僕を見ずにあなたが笑う。どうにもならないことばかりだよ。どうかにしたいものでもない。何が叶って何が叶わないと、線引きしたってすることをするよ。僕は小さく震えた。知らない。これは、知らない。名前のない感情だ。後から振り返って特別な瞬間になるかも知れない、ならないかも知れない。だけどもっと知りたいと思った。続きを聞きたい。水滴を数える目で僕を見て。聞けない。癒えない。額縁に置いた手にもう一度、傷をつくるつもり。この地に花弁が舞降る前に。