No.708

きみの言ってることなんかいっこもわかんない人生がよかった。思うのに、きみの言ってることしかわかんないんだ。ざらざらした雑音のなかで、それだけは間違えずに聞き取ることができる。異国の朝に聞く母国語みたいに。寄り添ってきた生き物の背中をなでて、なぜぼくはこれとして生まれなかったかを悔いる。これならばきみに寄り添うくらい朝飯前。試みては失敗して、もうあんなことしないと固く決意したり、でもやっぱするかも、と決意をかんたんに揺らがせてしまったり。耳をとじて、おでこくっつけて、交互にまばたきをする。知ってる、こうやってタイミングを合わせていけば、わかりあえるんだよ、文字でもなくて言葉でもなくて、そのまま自分の中へやってくるんだ。寒い冬の夜、気づいたら猫が布団の中へ入ってきたことに気づいても、まるく灯った体温の何割が自分のものか、なんてもうわからないだろう。ああいう感じに、混ざって溶けてしまうんだよ。すこしこわいね。すこしかなしいね。きみの言うこと。きみの話すこと。きみのせいじゃないのに。きみのせいじゃないよ。優しい思いが体に流れ込んできた。血に乗って全身をめぐっていく。きみが思っている人をぼくは傷つけたりできなくて、背中に隠した手からおもちゃみたいなピストルを滑らせた。