【掌編】百年待てない。

宝物を隠した引き出しの鍵を探せなくて、鍵穴を壊した。開けたい引き出しなんて無かったことにした。大切にしまっておきたい宝物が何だったか確かめようも無くした。光を消せてぼくは満足した。今夜はきっと眠れそうだ。何かが地面で鳴いている。鳥の雛が砂利の上をもがいていたんだ。生えそろわない羽根に無数の蟻がたかっていた。自分よりずっとちいさな生き物に生きながらに食糧にされる。姿を人間が見下ろしている。助けもせず笑いもせずただ見下ろしている。退屈そうにも見える目で。ママ。今日は楽しかったよ。日記に書きたいことがたくさんあった。夏の思い出をねつ造し、ぼくはペンを走らせる。百年も経たず、あの惨劇は風化しそうになっている。そう、百年も待てずに。ぼくはコップの水滴を弾く皮膚を見つめ、きみに会いたくなる。百年も待てない。そのうち遠いいつかに埋れてしまうある日。単なる、ある日。それが今日だ。人間、呼吸するたび死んでいくんだ。飛び出したぼくを待っていたのは、赤い夕焼け。おぞましいと美しいの境目が見つからない。唇の間からふと漏れる。ごめんなさい。ありがとう。ごめんなさい。ごめんなさい。怪我した雛の行方は知れない。今どこへ行ってもきみに似た人にしかぼくは会えない。もどかしい黄昏。致命傷の順番を待ってる。つまらないことで喧嘩をしたい。今すぐに。そして落ち度を認めて謝りたい。仲直りがしたい。繰り返して確かめたい。粋がって。息をして。生きるを教えて。百年も待てない。

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