no.198

誰にも負けないものがあるなら胸を張って言うのに。だけどそれが見つからない間は何も言わなくていい。探していることを理由に何もしなくていい。わかっているよ。意味のない回り道だって。秘密は祈りに匿われてどこにも到達しない。置き去りにされた何かみたいさ。腐って、滲んで、やがて消えてしまうだけの。不都合をまとったまま腕を伸ばせるほうが正しいに決まっている。佇まいだけで悟ってもらおうなんて無謀にもほどがある。君ならわかってくれるはず。君ならわかってくれないと嫌だ。薄紅の花弁の奥に隠れていくこの光景は早送りなのか巻き戻しなのか。現実にいま見えなくなっていく。いつか忘れたことも忘れてしまうんだろう。ひるがえったプリーツスカート、紺色の。覚えたままにさせてはくれないんだろう。白い肌。その下に血が流れているだとか。証明なんてどこにもないんだ。二人が一緒にいた時間の。僕にだってそんな確信はない。君はどう。君も同じように幻だったの。

0

no.197

またひとつ壊れた。昨夜の書きかけが自意識を恥ずかしくする。身の回りに散らばるものが無関係に感じられる。これは誰のスケジュールだ?鏡に問いかけても問いかけ直されるだけ。その不思議を今はどうこうしたりはしない。壊されていく街と新型ロボットのニュース。毎朝味の違うコーヒー、夢を書き出すノートが切れた。指先から流れ出した血を見ながら朝が削れ出す。この朝の削りカスは金魚鉢へ入れた。金魚は二倍に増えた。誰かの微笑みが僕にとっては不安を呼び覚ます材料となる。それが終わりませんように。それが終わりませんように。誰の幸せを願えばいい。僕の幸せは誰かが願うだろうから同じようにしないといけない。頭で考えながら、そんなわけはないと分かっている。ひとつひとつの当たり前が手のひらから溢れる光景にただ呆然とする。生き残ったことに対して。僕には分からない。長く考えていられない。無我夢中で頬張ったコーンフレークをぼたぼたと床に落として泣いてみる。惨劇になるように。できるだけ惨劇に。ここに救済を呼び込むために。異変を感じたヒーローがやって来て無断で玄関から上り込む。
おはよう。おはよう。
君の満たされない孤独のために僕はまた新たな一日を始めたよ。
褒めて、守って、繰り返して。
美しい青い目で外の世界を語って。それからこの部屋の様子を見て。
忌み嫌われた関係性。花弁の奪われた残り物。スープを食べるために野菜を買いに行こう。ヒーローのすることじゃない。人参を切って。玉ねぎの皮を剥いて。だってそれしかないじゃない。世界はロボットが立て直すんだしおれにはこれ以上のタスクは無いんだ。

わかってくれよ。
わかっているよ。

0

no.196

年中流れている無声映画。四辺からなる音の牢獄がぼくたちを照らそうとしている。ちいさな宝石の鎖をちぎって。消えない魔法の世界で、消せない魔法の世界で。負けたひとが次の手をさがしているあいだにまた道に迷うよ。行き交う人の顔にふたりの終わりが書いてあるから俯いていて標識を見失う。でもそれって好都合。つたない手書きの切り取り線は何も知らない。足並みを揃えて崖っぷちまでスキップしたいな。このまま見え透いた旅路なら。後先考えてストーリーの始まりをぶち壊す。僕のスカートの中で君は泣く。だからここに現実なんかない。君の唇は僕のかさぶたの味がする。舌はないんだけどふとそんな気がしたんだ。風に乗ってナポリタンのにおいがする。きっとどこにもないお皿をさがしてあちこち旅をしたいな。ようやくそれを見つけた時にはまた新しい幕が上がるんだろう。そしてふたりは笑いながら。

0

no.195

だって毎秒新しいんだもん。ちょっと不自由なくらいが本当に自由だったんだって、選択肢の少ないほうが都合がいいんだって、そういうのさいきんすごく頷いてしまうのって老化、いやいや自分の性質が把握でき始めていることだと信じたい。浴びるようにシャーっと吸い込むの得意だったけど、なんかもう、鈍感でいたいモード。こんなにものがある中でどうやって自分の足りないものみんなさがすんだろう。さがすものじゃないからそもそもおかしな疑問である。欲しいものは何もないけど作りたいって欲求それすなわちただ褒められたいだけなんじゃないのか。もしそうだとしたら恥ずかしいこと?なんで?承認欲求を露呈することはわりと恥ずかしいこと?そういう風潮があるから?周りはどんどん承認されていくし、でもそれはたぶん自分の勝手な被害妄想だし実のところ誰も承認欲求を満たされないでいる。他者の目や評価から自由であることやそう振る舞えることってかっこいいみたいな感じするしもしかしたらそれ理想かも知れないけどそれもできなければ言葉の綾で乗り越えるしかないのかもね。「誰かを笑顔にしたいです」。はあ?「ありがとうの一言が喜びです」。はあ。誰も頷いてくれなくても平気でいることはすごいことだからそうなりたいの。そんなひとなんていないでしょって否定を期待しているの。ばかじゃん。推敲なんかしないし支離滅裂を叩きつけることは消化器でいたずらすることとあんまり変わらないよ本質的に。いつまでも成長しないねって仕方なさそうに笑われていたいの。僕の虚勢が君のプライドを支えるかけがえのない現実の一つであればいい。って、透明感がどうとかって、綺麗ぶったフィクションに投影したならひねもすひょうひょうとチョコレートだけ食べていたい豚 is me.ほんと頭悪そうって最高の賛辞。変な顔。廊下に残飯がこぼれた光景。柔らかい光。異国で撃ち合う兵士を憂えながらカロリーの計算して昼の予定をどうやってキャンセルするか考えている、これも平和と呼べば平和。死んでください。そんな直球の愛してる。月は見えなくても初恋は消えない。

0

no.194

ビニルハウスはあったかいからここへ眠っていてほしい。白い空に浮かべた星のうち、爛れたものから降らせてあげるから。耳朶に真綿を噛ませて待って。きみが生まれた朝はまだお城があったんだ。青空を背景にしてまるで誰もがすがすがしいみたいに。繰り返しにうんざりしながら変化を起こすだけの思いもなかった。一番輝かしい瞬間は過去か未来か妄想の中にだけあって現在はあくまで観客席だった。いつか僕にだけ優しかった人がそうじゃなくなるのを見ているってとても辛くて不愉快なことだ。雨に濡れたパッケージからはみだしている宝石が、僕から開封の喜びを盗んでしまった。数えるほどしかなかった。あのときも今も。数えるほどには分かっていた。同じように見え透いてしまうくらいならビニルハウスに決めよう。誰も手入れをしない部屋。きらきらの密室。痛々しい作文と容赦ない幸福。物言わぬまま夢を見ている。老いもしないで朽ちもしないで。日が暮れたら半球体の異世界。また植えたらいいよ。何だって育てられるよ。サテンの屑が欲しいなら。スパンコールが足りないのなら。

0

no.193

誰が意味を求めても何もわかりませんってゆう。どこも痛くない。どこも苦しくない。何もかわっていないのにからだはこんなにもすこやか。「何も変わっていない」だって?なにも?映す目が、伝える神経や、受けとめる心が。すべての針を知ってそのままであるってことが。新しいと旧いは優劣と関連ない。美しいひとが一瞥するけど記憶には残らない。誰のためにもならないことが僕のためになることもあるのだ。誰も救えないままのきみでいることがきみ以外を生かすこともあるのだ。アンチーヒーロー、検索結果の出てこないことが稀有性の証明ではないよ。アンチヒーロー、次の春で欺かれない目はないよ。世界は一瞬で変わってしまう。虫の羽ばたきひとつ、きみや僕の瞬きひとつで。そう、ケーキは最初から鼻先にあった。銀のフォークが無くたって食べるんだろ。約束したじゃないか。飲み込むんだよ。

0

no.192

両手で掻き取った砂の轍
正しさを追求して冷血になった
忘れられない背表紙が
ふいに大きな意味を持って迫り来る
悪夢の類は真昼にこそ訪れた
淡くまばゆいだけの日常に炙られて
きみたちは差し引きゼロだと主張する
だけどぼくはそんなもので
愛を帳消しにしないんだと跳ね除ける
綺麗事と絵空事にまみれていい
大人にならないことを責めてもいい
背骨は柔らかく知恵は少ない
降り注ぐ光も花も言葉の呪いから解放される

ぼくは祈る、ぼくに降れ、ぼくは祈る、きみに降れ、きみたちに降れ、ぼくたちに降れ、わかり合うことのない者達の上にそのままの姿で、光よ花よ、降りしきれよと。

0

【雑記】きみをまもる

なぜ書くのか。
長いこと考えていた。問われることもちらほらあった。なぜ書くんですか。書き続けるんですか。
うん、なぜであろう?

息をするのとは違う。眠くなるから寝るのとも、お腹が空いたから食べるのとも、似ているようで、なんだか違う。しっくりこない。書けなくなったら死んだ目になるかもしれないけどたぶん死なないし。

では、なぜ。

ほめられたいから立ち回るのとも、注目を浴びたいから為すのとも、誰かから感謝されたいからとか救いたいからとか。とも、違う。むしろさっきより離れた。自分にとって書くということはどんなふうに、何を、意味するのか。そもそも意味するのか。もしかすると時々で「それはだな、」とかもったいぶり、すでに回答したことがあったかもしれないが、そのどれにも納得はいっていない。なぜなら今この自分が覚えていないからだ。間違っていないことなら自分で覚えているはずだった。そもそも忘れないはずだった。だから思い出す必要もないはず。

きいてほしい。
いつものバス停でバスを待っているときに、ふと気づいた。
(逆、なんじゃないのか?)。
逆って、視点。
「自分が」どうか、「自分にとって」どうだったか、について考えるからいつまでも答えが出てこないわけで、いつまでも答えが出てこないというときには、問いから疑ってみるべきだったのだ。
つまり、こうだ。

書いたもの、にとって、私は、何であったか。

私の書いた文章はどんなふうに私をとらえていた。思っていた。何を感じて何を思っていた。
そうやって立場を替えてみると、答えはシンプルだった。
「きみをまもる」。
それだった。
「きみを、まもる」。
確かにずっとそうだった。
それ以外もそれ以上もない。
私にできることは、私のしてきたことは、何もなかった。もらったものなら、幾らでもある。私はずっとまもられていた。そうと気付かせない相手によって。さかさまの問いかけを何遍も繰り返す、馬鹿のままでも。

なんたるのろま。

1+

no.191

何を差し出さなくても幸福になっていいだなんて知らなくて瞬きばかりしていた。終わりを知った途端に全部が全部輝いて見えて誰かのぶんがなくなっちゃったんじゃないか、とか。分離帯に立って夜空を見上げると今が始まりなのか終わりなのかわからなくなって同じメロディがからだじゅうを埋め尽くすんだ。真新しい何かを生み出すひとになれなくて失望を恐れて針は何度も同じ数字を撫でた、目の前を行き交う群れが影でしかなくて邪魔するものは本当にいなかった、期待も羨望もいっときの幻でしかないって知らないまま怯える、かわいいだけのきみでいてください。

0

no.190

ちいさな交差点に建つ、ビルの一階にある。喫茶店の優しい店主は新しい野良猫を見るように僕を見た。白い椅子に腰掛けて通りを眺める。と言っても人通りは少ない。午前の光がアスファルトを柔らかく照らして、宅急便の配達人が何度か行き来をする。食器の触れ合う音。テーブルに添えられた生木。葉の何枚か枯れていて、それがつくりものではないことを僕に教える。毎日来ることはできない。僕は何気ないものを本当に欲しかった。店主がやってきて僕の前に遅い朝食を並べる。正方形の箸置きはさわるとざらざらしていた。躊躇いながら口にした。なんで。なんで。お腹が空いて、しかも僕は食べるんだろう。自分の睫毛に陽が当たっているのがわかる。そこから溢れるものはもう何もないことも。限りがあるんだ。幸せにも絶望にも。正体は明かさない。あさってが来ないことも言えない。こんなお店の店主は僕を気に入るだろう。絶対に。ぜったいに。名前も、素性も、ここに至る経緯も知らないくせに。明日やあさってがもうこないことも。何も抱えていないわけではないってことも。骨張った長い指が視界に入る。わからない終わりならまだ何もできない。おいしかったですか。まるで怖いものなんてないみたいに、あなたの問いに僕は答える。はい、とても。ごちそうさまでした。また来ます。

0