no.474

植えつけたわけじゃない
少なくとも不本意ではなかったはず
きみは一縷でも望んだんだ
遭難者にだけ見える幻の国だ

ひとつ認めて欲しいことには
自分を愛すことなど到底できない
でなければここにいなくてもいい
ぼくの役目を終わらせて欲しくない

宇宙の話をするよ
そのあとで草についた露の話を
読みかけの物語を続けさせたり
行ったこともない異国の風景を

どんな体験も想像力に及ばない
そこには切実さが備わるから
あのひとには勝てないと思う
きみは囚われすぎている

生々しさが人を救うなら
とっくにぼくが到達している
きみの目は遭難者のそれだ
手が届かないことで安堵する

まったく不健全だよ
傷だけがきみの時間を今につなぐ
それはぼくの敵視するあのひとが
最後にかけたきみへの呪いでもあって

忘れるに任せるしかない
時が進む以上は
だけど雪は降り続いて
ぼくが抱くきみへの思いさえ
なかったことにしてしまう

2+

no.473

頭の中で空が破裂する
あなたは鳴かない
児童もみんな
気が、狂いそうと歌う

誤解とは命綱だ
新しいものより尊いものだ
ひとつ以外の見方があって
騙されてくれる人のいることは

だって、どうかな
もしも正しいことばかり
言われる日が続いたら?
まちがいが矯正され続けたら?

振る旗はないけれど
振る手はある
メッセージはないけれど
いつでもさよならは言える

涙は流れなくても
血は流せる
本物でなくても
似せることはできる

なぜ希望と呼ばないかな
幸福を認めないかな
絶望視したがるのかな
それじゃあ運命の思う壺

ぎりぎりで蘇生をする
もう誰も覚えていない媒体で
文字くらい書けるよ
読めたり理解ができなくても

ぼくをちぐはぐだと感じるように
ぼくもあなたをそう感じているんだ
これはとても誠実な証言ではないかな
分かったつもりで歩み寄られたくない

夜の星は回収されねばならない
平気で青空をひっかくから
そして表面のくすんだガラス瓶に詰めたなら
何もないふたりの部屋に飾ることもできたね

1+

no.472

ぼくが先に問いかけて
跡形もなく消してしまおう
最初に出された解を
きみに自分を愛せないなら

時代が変わる病室の待合室で
みんながアイドルの死を悼む
好きでも嫌いでもないのに
いったい誰と重ねるんだろう

刺して初めて柔らかだと分かる
知るということはそういうこと
知り合うとなるともっと非道だ
取り返しがつかなくもなるだろう

手の甲に魔法をかけて
ひとつずつ皺を見せてもらう
次に手のひらを返して
今度は一桁の年齢に戻してもらう

きみが傷をさらけ出すのは
自分のためじゃないんだってね
そこまでは分かったつもりでいた
そもそも傷でもなかったよね

名前と物語に妥協する
手っ取り早く共感するため
誰が許さないでもないのに
拙いままで誰もが幸せになれたのに

1+

no.471

聞かせられない言葉が淀む
絶えずぼくを守るまぶたに
やがて世界の色が変わっていく
気づくことなく指摘もされず

あなたは知ることができない
ぼくはどれだけ酷いことも平気
あなたは歌えるし踊れる
ぼくの憧れは止むことがない

稜線をたどっていく
追憶はあの場所に執着する
思い出は優しく美化される
願いの前に事実は膝を折る

すべてゼンマイ仕掛け
誰に操ることもされない
あなたが流した涙が
想定できない形でぼくを突き動かす

夢を、話したでしょう。
先にひけらかして暴くために
ぼくの目にはぼくのほうが劣っている
素直さもまっすぐ愛する理由にならない

灯台を眺めていたら人魚が落下した
おびやかされないでいるべきだった
ぼくには今でも人間に思える
繰り返すほどにそればかりが鮮やかだ

2+

no.470

知らなければよかった
知りたかったのは本当だけど
いまそう思っているのも本心だ
ぼくの心は棺よりも広い

透明の糸が絡まるんだ
目の前で、そう、この目の前で
指は動かせて触ることもできるのに
絡まりをほどくことだけできない

氷を削る優しい音が
悪夢からぼくを匿おうとする
だから言ってやるんだ
これは悪い夢なんかじゃないよ

あれも現実
きみもたしかにここにある
問題は溶けてなくならない
誰かがうまく隠しているだけ

きみはきっと間違っている
ぼくもあまり正しくはない
ふたりして選ぶことをやめただけ
正しさで救われるものはないから

砂浜で疲れて眠るこの物語は
ガラスの破片からは掘り出せない
どんな音楽にも慰められたくない
沈黙と抱き合って眠りたいだけ

どうか信じないでほしい
美しいものが美しいというだけで
絶望はひなたにも訪れる
とらわれた人にはそうと気づかせずに

2+

no.469

優しささえ損なわなければ
なんでも言いくるめられる
わけはなかった
さよならは行ってしまった

これから先どんなに
今日という日を思い出すだろう
だけどあるタイミングでふと
忘れていたことに気づくのかな

ちょうどきみを思い出したように
だって別れは突然やってくる
じわじわとではなくて
そう、とつぜんに、やってくる

受け入れられなかったのは
きみがいなくても平気なぼく
とてもきれいでいられないと思った
望んでいるくせに、嘘くさい、と

ミニチュアの浜辺
青と雲は無関係じゃない
ずっと飛ばされっぱなし
輪郭を淡く見せるパラソル

他愛のないなぞなぞも
覗き込んだつもりの永遠も
ぼくたちの終わりを知っていた
だってさよならは行ってしまった

3+

no.468

行動は解像度なんだ
それぞれに限界があって
それ以上は伝えられない
食べ物を味わうことはできるけど

好きだったものを忘れていくこと
忘却の恐怖からも
置き去りにされること
あるいは、すること。

毎日後回しにして人生は進む
いつかと唱えて来ない未来へ
やがてと嘯いて届かない明日へ
今以外に何のための今だろう

きっと忘れたいんだ
好きなままでとじこめたい
壊れるくらいなら
勇気なんて見せないで

後悔よりも孤独よりも
正しさは人を追い詰める
特に分かっていて選ばなかった時
それはいつまでも追いかけてくる

もっと走ったと思ったのに
肩を叩くと涙目で振り返る
ぼくたちはまた出会った、
うまく欺くこともできずに。

3+

no.467

近づいて欲しくない
所有してくれないのなら
たまに心臓を抉るくらいで
説明もしてくれないのなら

今ならわかるよ
音楽も小説も誰かの正当化だった
どんな薬もぼくには効かない
そもそも病名が無いのだから

愛する人が自分自身を貶めるんだ
ぼくは何度も否定するんだ
そのたびに失敗するんだ
決定的な言葉を口にしないせいで

守るより傷つけるほうが容易くていいや
何故って自分も傷つくから
同じ感じ方をできるものには鈍感だ
結果として予防線はばっちりだ

どうしようもない
ふたりで逃げたって
たしかに少しは前に進むのかもな
だけどすぐに捕まるのだろ?

ステンドグラスが光を落とす
握ったことのないか細い手に
冒険を望めない体に
それはなんて静謐なんだろう

名前をつけたくなるんだ
人はきっとこういうときに
記憶に残りたい、残したい
もがくほど上手くいかない

居心地の悪さを通り越して
いっそ癖になってしまうな
悪いゲームのようで
目を離せなくなる

審判ごっこはやめよう
ホールドアップで臨戦態勢
目を逸らしたほうが次の鬼だ
必ずぼくを捕まえてくれ

3+

no.466

シーツがこすれている
果てのない恐怖を覚える
ここにいたいと思っていたけど
もしかしてそうではないのかな

あなたも同じように溺れる?
空の鱗が語りかけてくる
名前のない色にときどき光って
憂鬱と感傷をあざ笑う

染まりたくなかったんだ
それなのに心細かったんだ
相容れないものが対立して
夜に隠れているしかなかったんだ

矛盾ではないよときみは言う
もし矛盾だとしても特別じゃない
電車が線路を通過するとき
大切な部分がかき消えてしまった

ふと、気のせいかもしれないと思う
見ているんじゃない
感じているだけだ
目覚めたときのように

望んだものは限りなくゼロ
ただ純白では心許なくて
すこしであれば歪んでいいと思えた
ただしいつでも戻ってこれるように

誰も矯正することができない
ぼくにだってできない
きみが秘密にする限り
語らずに伝わるものはない

聴いているのではない
見ているのでもない
ただ感じているんだ
きみが語るときには誰でも

少しは手をのばせ
ぼくはもう精一杯だ
あとはきみが動き出せ
シーツの裾なんかすぐに見つけられる

1+

no.465

ましろな雪に埋めようか
苗床にしてしまおうか
クラッカーにのせるジャム
それとも、それとも?

きみがあますところなく溶けて
その世界でぼくが生きたり
殺されたり蘇ったり
死んだり産んだりをする

絶体絶命のアドベンチャー
ひと針ずつ縫い止められて額縁の中
ぼくの純真を知らないでしょう
それが人を慰めることはもっと知らないでしょう?

何食わぬ顔で頷かないで
きみはただ知りたくないだけ
ぼくは何度も視界に存在した
そのたびに視線を逸らした

でもきみはその場所を動けない
なぜって弱点が眠っているから
埋める地点を誤ったね
湿った砂の下で心臓が再開する

きみは狼狽える
そろそろ新しい表情を見せて
だって生きているのでしょう
青ざめるだけじゃ芸がないさ

1+