No.522

うまく描けなかった丸を
いくつも重ねてきみを守る
上から上からかぶせていって
包んで誰も触れないようにした
とげとげのつもりになって

ほんとうは簡単で
むずかしいふうには言ってなくて
誰かの破壊を待ってる
いちばん良い役で登場したいんだ
救済の象徴になりたいんだ

間違いはないよ
目の前に流れて来たものを信じる
誰だってそうしてきたはずだ
そうして幸せだったはず
いつの時代も幸せだった

ほんとうを教えようとする
頼まれたのでもなければ同じ自己満足で
悪いかどうかは立場次第
曖昧さで追い出されることもないなら
同じ嘘で何度でもだまされてあげる

夜を追い越してった朝に
ハンガーから滑り落ちた恋を
追いかけて街へ出る
夢が遠くて風が冷たくて
きみが死ぬまでに間に合ってよかった。

『偏愛ピタゴラスイッチ』

2+

No.521

『異種の恋』

こう考えるんだ
明日が世界の終わりだと
無理だよ思えないよって君は即答
だって確信がないんだもの
では逆にたずねるよ
明日は世界の終わりじゃない、
その確信は?

ちがうんだ
ほんとうに言いたいことは
もし失敗がないとしたら
君が恐れるような失敗が
仮にも起こらない法則があるとしたら
君はそれでも僕に対しその態度なんだろうか?

少しは違うんじゃないだろうか
もう少しやりようがあるんじゃないか
眠りに落ちる瞬間を見届けたいな
そう思っていたのに先に寝てしまう
君が僕にふれるのは夢の中でばかり
だけどとてもリアリティがある

もしも失敗がないとしたら
もしも恐れていることが起こらなければ
君と僕はもう少し近い距離に座ったはず

これだからいやなんだ
せいぜい百年に届くくらいなのに
だから人間なんてめんどうなんだ
もったいぶってる時間なんて無いはずなのに

2+

No.520

『ルール違反』

よくないことだよ
あなたの予言どおりにするなんて
ぼくが消えるはずだったのに
まさかそちらを選ぶなんて

いちばんなんてつくらない
だってつまらないだろう
自分は何番目だろう?
そう思わせておくと楽しいんだ

なんて悪趣味なこと
言ったのはどの口だった
不毛な喧嘩のあとで
誰よりも優しかったのは?

2+

No.519

『エゴイスト』

誰も禁止してはいない
逃げたければ逃げていいんだ
しつこく追ってくる幻から
耐えられない現実から
居ても立っても居られずに逃げ出す、
ということは、
生き延びる意思があるということ。
そうでなくても、死にたくないと
体が頭に訴えるんだ
雑踏、海底、本の中、世界の果て
どこへ行ってもいい
きみが生きられそうな場所なら
どこへ行くにもためらわないことだ
何を捨てても向かうべきだ
だけど覚えておいて
たすけて
きみが一度でも言えば聞き逃さない
ぼくはそのために何が消えてもいいと
まごころから思っていること、
どうか最後まで忘れないで。

3+

No.518

『幸福論』

あなたが一緒に落ちてくれた
そのおかげで
ぼくの地獄は美しかった。
ここへ、落ちてよかった。
花の咲かない荒野のようでも
疑う夜は一度もなく
今、この、いまでもそう思えるんだよ。

4+

No.517

新しいハイヒールが並んで
おまえの心を奪っていく
もう耐えられないんだ
横取りされることは

だけどまともに訴えたら
困るだろう?
困らせたくない
煩わしいものは嫌いだろう?

おとなは誰だってそうだ
こどものぼくだってそうだ
天邪鬼であっても言う
おねがいだ自由でいさせてくれよって

卵焼きのにおい
悪夢の終わり
たぶん砂糖を入れすぎた
手に取るようにわかるんだから

おとなの割におまえは優しい
ぼくが弱っているうちは
おまえは悪くないよ
そう言いたいがためのエゴなんだろう

夢を見過ぎだ
おとなになったら
今に忘れるんだ
ただの気の迷いさ

見え透いている
諦めさせたいんだ
できないのに
できるならとっくにしてるのに

明日は生まれ変わる
世界のホコリみたいな子猫
毛色も瞳も何もかも灰色
気づいた時にはもう手遅れ

3+

No.516

捨てて行けたら楽なのに
捨てて行けると思ってた
どちらも部屋を出ないんだ
呼び止められるわけないのに

きっと同じ気持ちなんだろう
そのことに安堵してる自分が悔しいんだ
物分かりのあまり良くないぼくにだってわかる
話し合えば誤解が埋まることくらい

舌で転がすキャンディが勝手に砕ける頃
青空に赤色が染み込んで来る
どれだけ黙っていたんだろう
振り返るときみはまだ怒っていた

嘘をつくななんて無理だよ、
ぼくには隠したいことがある、
きみだってあるはず、
そしてそれは欺くためではない。

ぼくたちはやり方を間違うんだ
出題者だって分かってないんだ
そもそも謎謎じゃないのかも?
目の付け所がおかしかったんだ

弁解していると泣けてくる
次から次へと涙が出て来て
こんなことじゃないんだと
そう思うとさらに泣けてくる

混ざり合わない幸福を確かめたくて
調合した毒を互いに飲ませ合う
症状を伏せたままで匙を運ぶ
ぼくたちはたしかに幸福だった

涙の跡は初めて見る文字となる
握りしめた石に光が灯り
真っ暗の目に輝きが戻る
予報されなかった夕立ちだ

意味などこもってなくていい
愛していると言ってほしい
きみが正気を取り戻すその前に
雨がすべて洗い流してしまうその前に

2+

No.515

向日葵が怖かった。見上げるといくつも並んだ暗い顔。行き先を訊ねて来る。そっちはだめだ、と口々に伝えたがる。中には親切な口調があって、笑いたいけど笑えない。表情がうまく浮かべられなくて。迷路から抜け出せなくて、たまに見える青の鮮やかさには容赦がなくて。気押され縮み混む。そしてまた道を見失う。ぎゅっと目をつぶったら、雑踏に立っていた。音と光に押し流されて、はぐれたりしないよう、ぼくはきみの手を握りしめている。そうか、おとなに、なったんだっけ。一瞬、だったね。ずっとだと思ったのに。向日葵に見下ろされる悪い夢は覚めることがないって。雑踏に飲み込まれそうになる。自分が進みたい方へ進む、前へ。つないだ手を握り直す。きみがひいてくれたぼくの手で。同じ命とすれ違う。ぼくたちはあの夏の生き残り。信じた希望のままに大人になったんだ。理想通りではなくても。ここまで歩いて来られたんだ。みんなの手の先に大切なものがつながっている。クマのぬいぐるみ。天体望遠鏡。白の汚れていないワンピース。お互い名前なんて知らない。回遊しているぼくたちを見下ろす星は、そっちはだめだ、ってもう言わない。どこにもハズレなんて無かった世界で、ようやくぼくたちは微笑みを覚える。

2+

【小説】そして明日も

まぶたがひらく。どうか、あなたの目に初めて映るぼくが、嫌悪されませんよう。人はだんだん欲張りになる。少なくともぼくは、あなたに対し、そうなっていく。明日は指先が少しでも動きますよう。唇がぼくの名前を呼びますよう。起き上がり、光景を視野に入れ、認識し、つたなくも笑いますよう。ちぐはぐでも良い、文法の乱れた言葉を発し、空腹を訴え、無意味に唇を舐め、食べたいものが分かりますよう。でたらめな歌を歌い、やがて退屈になり、疲れたなら午睡し、日が陰る頃に目を覚ます。毎日予想外のことが起きて欲しい。ぼくが思いつかなかったあなたでいて欲しい。そんな日は来るだろうか。そんな日だって来るだろう。来るんだとしても、まだ先になりそう。でもぼくは決して希望を捨てたりしないのだ。なぜか?それが、ニンゲンだから。ああ、また、ミス。もう何体目か分からない。惜しかった。ざんねんだ。修正不能のあなたを消去する。重ねた思い出の上で眠りにつく。この記憶はゆうに致死量を超えている。

1+

No.514

死にたい。たしかにそう聞こえた。だけどきみは生きたいと言ったのだそうだ。こんなにも重荷になってるなんて想像できていなかった。きみの嘆きはぼくを突き動かすためのものだった。八つに割れた鏡の中に入道雲がいくつも映って初めて夏を残酷だと感じた。首筋にあたる鋭利な冷たさに目覚めさせられることもなかった。どの道を選んでもいずれ同じ場所にたどり着いたんだろうか。答えは変わらなかったんだろうか。それは誰にも分からない。分からないからこそ、信じたいほうを信じることができる。助詞を組み替えて、誰も、悪者にならないようにしたかった。だけどそれでは届かないと知った。蹴落とすことは平気だったけど、非難の目が気に食わなかった。そんな中でぼくを見つめる目があった。他と違って、咎めない代わりにあわれんでいた。傷なんかちっとも怖くない。きみはぼくの主張を否定する。嘘だ、それは、怖くて、たまらない人のすることだよ。そう否定した。仕向けることは得意だった。特に、人の欲望をならして行く都会では。一度大切なものになってから裏切る。大きな傷になるくらいどうだっていい。後悔させたかった。間違いを認めて欲しかった。でも、今、手に入れた正しさは無意味だった。遠ざかって振り返る。花束だけを残して。ひとりで立ち上がるきみのむこう、ようやくひとつになった雲がいびつに羽の形をしている。

2+