no.125

私たちの壊さなかった幻が
夢が
美しいばかりのものが
誰かをこんなふうに追い詰めていた

四角形ばかり見当たる部屋で
過去を手繰り寄せることのできる
何色かもわからない糸をさがした
小指に結びつけたくて

優しい日々はどんどん遠ざかる
きみは愛される
きみはかわいがられる
置き去りにされている自覚もないまま

分かりあおうとするから傷がつく
離れようとするから体が冷たい
分かりあえないまま
ふたりはふたりのまま
それ以上の朝は無く、それ以上の夜も無い

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no.124

いつまでも捨てられないほうがわるいんだって、そんなこと言いたくない。ほんとうは、ほんとうに、言いたくない。きみが見抜けなかった僕は明日とそれに続く次のすべてを欺いた。ときたま壊していないとおかしくなりそうになる。土の中に眠らせても、凍らせても、いつのまにか芽吹いてしまう種みたいにさ。離れ離れにしても、仲違いさせても、やがて巡り合ってしまう生き物みたいにさ。どちらがどちらを置き去りにするか、未明のせつない話し合い。暗号がじょじょに隔てて、さいごには眼差しだけが残る。それも消え去って思いだけが信じられる拠り所になる。虹色の夕立ち。みんなが、捨てるように忘れていった幼年時代が溶け込んでいるせいだよ。

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no.123

好きなものは好きなままでいい
変えられないものは変えなくてもいい
本当は終えたくないものを卒業したり
人に隠したい秘密を暴露する必要も無い
きみが嫌いなきみのすべてを
誰が認めなくても捨てられないなら僕が守る
恋や愛をしろって神様が諭すような休前日
人間になることに怯えなくていいけれど
もし怯えたんだとしても
まるごと包んで抱きしめるから

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no.122

わかっている
幸せになれた
いつだって
もう

幸せにならない
なろうとしない
自分を僕は好きだった
なってしまった

手に入らない
だけど眺めている
追いかけている
僕をずっと好きだった

日を経て鮮やかになる青
薄れていく記憶
消される人影
遠い、近い、空のつなぎ目

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no.121

新しく生まれ変わるときに脱いだ殻に夏が溜まる。余計なことを言わずただ微笑む金曜日の雑踏。甘い蜜のありか。もう二度と出会うことも話すこともないひとと、行き違ってすれ違う。誰かにとって正しいことが僕にとってそうではないことを、誰も教えてくれなかったけどきみだけは囁いてくれた。なまぬるい風の中で突然に泣き出すときのえもいわれぬ快感。砂糖漬けの花びらが舌から溢れて踏みにじられていく。次々に生まれて次々に狂っていけ。いつか何も欲しくなくなる時がくるから、摩天楼に向かって許してって乞え。死なせないでほしい殺してほしい。いくつもの目と目が同じことを訴える。一括りにされないよう馬鹿をする。ひとまとめにされるやるせなさで発光する。失っていくものの数だけがふたりの寿命。きみをこの世に産んだ人が僕のいちばん好きな人だよ。覚えておいて、けして忘れはしないで。

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no.120

休前日の夜
何かに許されたい

ぬいぐるみは家出した
自分でしなければならない
これからは何もかも

いつか簡単に消えてしまって
思い出も信じてもらえない
おとぎばなしと変わらない

不自由な手
一滴もこぼせなかった

立ち向かっていいのですか
落ちていい恋ですか
我を失って
溺れてもいいような?

窓ガラスに頬をあてて
どちらがあたたかいかを考える
降り出した雨は斜めに向かって
絶対に安全な僕を叩く

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no.119

もっと綺麗なものになりたかった
だけどからだは暗い隅っこを好んだ
そこにいるかもしれない光を見ていた
まだ見えないものを間近で見ようとして
永遠に落ちない星を落とそうとして

指先から生まれるものはいつも不安だった
誰が何と言おうと少なくとも僕には、
絶対に、欠かすことはできなかった
恐ろしい形相と形容してしまうと
ほんとうに手に負えない化物になるかと思われた

だからまるで自分が産んだようにあたためた
あたためながらこうも思った
空っぽなら、空っぽなら、
これがもしも空っぽならいいのにな
誰の夢も裏切らないけれど
いつか必ず終わることだけ決まってる運命

ありふれた言葉に思いを託すことは億劫だったね
いつの時代の誰もがそうだった
正解が見つけられないのだから好きな人を褒めた
そしてそれでよかった

少しずつ溶け合って混ざって
もう二度と分離できないところで
きみが僕に思う気持ちと僕が僕にやることのできない優しさと
僕がきみに与えたい深手と
きみがきみに流し込み続けた砂糖みたいな善良を

もう少し、あと少し
つじつまの合わない世界に持って行って
誰にも管理されずどうなるか見ていたい
腐ってもいい芽吹いてもいい
そんな出来事もあるってどこかで
幸せが何かも分からない子供の口から言わせたい。

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no.118

鉛筆の芯が震えている。先端で光がはじけてひとつひとつが思い出になる。ここまで繋がってきた血をないがしろにすること、それだけが自由な特権。お金にはならないこと。誰かを笑わせることにもならないこと。色彩が空を行ったり来たり。天下では発火と折檻の繰り返し。暴発。静寂との境目には頭の悪い鳥が住んでいてかなりでたらめな歌を歌う。何も証明できないことが何かを示唆する。新しい夜明けに法を犯す。真面目な目。異常を感じさせない佇まい。断水したままの浴槽。流せない体液。腐る排水管。爛れる初恋。あと何回見送ったらいっしょに行けるんだろう。挙げ句の果てに何になろう。

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【小説】言わない。

好きなものを好きだと口にするのは難しい。
ずっとそう思っていたし理由を考えたことはなかった。
おまえにはわからないだろう。わからないと言うだろう。へたすると笑われるかもしれない。
そしてやっぱりその通りになる。
「なんで、なんで?!」。
どうして。
どうしていちいち目を丸くして距離を縮めてくるのか。
こんな暑い日に。温暖化が進む地球の上で。ああ蒸し暑い。
だけど僕が蒸し暑いと言ったらかなりの確率でおまえは喜びそうだから言ってはやらない。
おまえはたぶん僕が、感情的なものを表示することを、待ってるし欲してる。たとえそれが、暑いだとか寒いだとか辛いだとか甘いだとか、そんな事実を、主観的ではあるもののただの事実を、述べるだけだとしても。
だから言わない。
「守れないかもしれないから」。
だから言わないはずだったのに回答を与えてしまったときは、自分でも何故なのかよくわからなかった。
これじゃあ話が続いてしまう。
これじゃあまるでキャッチボール。
してしまったことに、なる。
案の定おまえは、ただでさえキラキラの目を一層キラキラに輝かせて、ますます密着する。僕が会話を成立させたことで明らかに図に乗ったのだ。
「守れないかも、とは?」。
「後で嫌いになるかもしれないから。その時になってできた傷は、つくらなくてよかった傷かもしれない。僕は無駄なものが嫌い」。
ちなみにおまえは無駄なものでできている。
とまでは言わない。それを言うこと自体が無駄だと思うから。
ペンケースに複数個ある消しゴム。
女子にもらった懸賞応募シール。
廊下での立ち話。
授業中の居眠り。
上履きの落書き。
なぜ集めてるかは知らないけど、ペットボトルのふた。
何色かあるスニーカーの靴ひも。
バッグの中のキーホルダー。
香り違いの整髪料。
一字一句、今この時間でさえも。
「怖いの?」。
何を言ってるんだ。
そんな話はしていないだろう。
「いいんだよ。怖いままでも、いいんだよ」。
何か言い返したかったけど何を言い返せるかがわからなかった。
都合よく、ペットボトルが取り上げられる。
「勝手に飲むな。唾液は拭いて返せ」。
「いいよ、もうもらった後だから」。
思いっきり不機嫌に言ったのに、律儀に拭いて返してくる。
そういうところが。
「許せないんだ」。
何か言った。
何も言わない。
暑いね。
早く家に帰りたい。
じゃあ行こうか。
ああ。って、おまえの家はあっち!
いいんだ、遠回りするの。
馬鹿。
お。嫌って言わないんだな。
言っても馬鹿には通じないみたいだから。
ふふん。俺が馬鹿でよかったね。
何様だ。どけよ。
隣歩いていい。
後ろ。
後ろっ?
あ、いや、やっぱ隣。変な目で見られそう。
うんうん。
むかつく。
うんうん。
腹が立つってことだ。
知ってる。
じゃ、いいよ、もう。
何が?さっきの返事?
そうだと言ったら。
そうだと言えたら。
空はもっと青くて高い。
今日も昨日もそれを知ってる。
明日も明後日も続けばいいって、思ったって、今はまだ誰にも言いたくない。おまえにだって。いや、違う。おまえにだけは。言わない。

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no.117

神さまはいない
赤い目で睨んでも
教室の床に落ちる影
見慣れない頭のかたち
背中に感じるあたたかさ
鏡の反射に誰かが笑う
人の悪意をそのまま受け止めない
世界は毛布じゃない
頬杖の内側に針と糸を隠して
名前に込められた意味を知る
誰もがいらないと言うかもしれない
誰もが同じことに怯えていたかもしれない
それは希望
それは夢
みんなが震えている
大切にする
大切にするよ
握ったらよく切れる愛だとしても
構わないまま傍にいるのでは心もとない
葉にしがみつく蝉の抜け殻
しばらく忘れていた耳鳴りが始まる
それを邪魔だとはもう思わない
静寂は体内に宿る
破られる約束でもする
裏切る指でもつなぐ
ぼくが大切にする
それ以上の手は他にないんだ

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