no.171

終わりのないカレンダーをどこまでもめくって自分のいない街を思うよ。可愛いぶった音楽と新しめなファッション。間違いはそのまんまでみんな死ぬんだね。鳥がいたんならその場所は濁るよ。煙がたてば火だってつくれるよ。きみがいつまでもノーを言わないから世界はつけあがってまた明日を始めんだ。声が出ないなら首を横に振らなきゃ。目も合わせられないなら瞬きくらいはやめてみせなきゃ。つめたいものに触れていると自分の温かいことがわかるし、あたたかいものに包まれると自分の冷たいことがもっとよく分かる。そういうこと。そういうところなんだ。きみに足りない、ぼくの知ろうとしない、決定打の本質は。知ってた?目を凝らすと結晶って見えるんだ。その規則性と言ったらぼくらふたりの不安定を打ち壊して足跡を隠す雪になるほど。自分以外優れたものばかりに見えるなら、大嫌いだって叫んだっていいんだ。それくらいでもう何も壊れたりはしないから。

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no.170

夜の君、子どもか動物に諭そうとでもするみたいに優しいから言いたかったこと何も言えなくなる。雨上がりの道路を車が走って行くよ。毛布にくるまってその音を数える。いつかの僕らが逃避行しているんだ、この今も。つかまらないで。怯えながらも自由に。意地悪された数だけを数えようとするんだけどうまく抽出できないでいろんな記憶が引っ張り出されてくる。手に入れようとあがいているうちは何もかもが空っぽだった。手のひらで包んだ容器の中であの日の太陽がまるで小さな蝋燭みたいに震えて、やがて僕は祈るようになる。君が傷つきませんように。僕の痛み以外で。君が生きていけませんように。僕のいない世界で。夢で。現実で。どこででも。ひとりで。

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no.169

僕は興味がない。君がどこの誰でどんな顔でどんな声でどんな筆跡なのかについて。何を嫌って何を好んで何のために生きてきたのかだとか。許せるものは何で許せないことはどこまでで何年の隔たりがあるのか。僕たちはまだ誰も正しくとらえられない。残された時間の長さ。終わりを目前にして何を思うのか。いつも何者かであるふりをしてからっぽだった。顔を上げると星座が綺麗に決まっているから俯いて歩いた。そうすれば誰にも見られなくて済むでしょう。自転車が追い越して行く。それはいつかの僕たちだった。呂律が回らなくなったからもう何も言わない。伝わらないなら温度だけあげる。心臓をあげる。魂をあげる。誰も描けない光景、誰も書けない小説、誰も歌えない歌、誰も撮れない一枚の写真。残されることを乞わない。知らない誰かの一瞥のために息を吸う、あと一度だけ吐く。追いかけないから振り返らないで。道はほんのり発光を始めた。祈っている。願っている。捧げたいほどに。君にとって最後の一日が冷たいところじゃありませんように。呼吸と未来に因果はない。それでも深呼吸して肺に棘を溜めていく。君の中に一滴の毒も残りませんように。名前も知らないまま。顔も知らないまま。祈っている。願っている。捧げたいほどに。

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no.168

何の変哲も無い一日なんてものがどこかにあるんだろうか。僕は自分を裏切ってでも君の世界を壊したく無い。たくさんの色と風。親切に噤むと冷たいんだねと微笑する。新しかったものが古くなることに耐えられる?出会ったものが去って行くことに?誰かの位置に取って代わることに、何もなかったところへ未知のものが繁殖することに、踏み台やきっかけを忘れて行くことに、それは時のせいだねと諭されることに、いくつ耐えられる。無理だよ。泣かない君を好きになれない。もう無理だよ。あの頃は死にたかったよって笑う君はもう美しく見えない。花は散ったんだ。君は分解されてその他の命を紡ぐ。

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no.167

貧相な青と白。強欲が逃げて行くよ。僕の中はそんなんじゃないんだ。無い傷を隠しているだけ。さらけ出す秘密も音楽もなかった。月の下で凶悪犯は眠りに落ちる。丸い尻尾を隠して。読めない文字に包まれて顔も知らない親の名前を呼んで。人工的なランプが君の顔を描き出すけど白昼の下での答え合わせは叶わない。伝わることに重きを置いた表現を卑下して何も残らない雑踏。贅沢に無為にしている。何もしないまますべてを手に入れながら、いっそ噛み締めながら。たくさんの同情と憐憫が僕たちを包んで今ここは他のどの家の暖炉よりあたたかいよ。

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no.166

生きていけるの
きみは生きていけるの
赤が冷たく滲んであったかいよ
戻れない場所だけ輝くから何も見えない
存在する光の量は決まっていてきみがそれを奪うから
どんな夜道でも迷いはしない
きみからの逃げ道をみつけだすこと
両手を広げたその一瞬だけ、二人は本当に飛べた気がした

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no.165

プライドがある。ぼくには誰にも奪えないものがある。それについて誰かに褒めてもらいたいだとか認めてもらいたいだなんて考えはなかった。結局はぼくのもとにありつづけるものだし他者のどんな行為によっても辱めを受けない性質であることをずっと知っているから。寒い冬に氷を食べるきみがすきだよ。きみが、すきだ。あたらしい日になってもきみの背中に羽の生えないおかげでぼくは生きていける。きみの不自由で呪いたい世界で祝福を受けて。ときにひどく妬まれて。満開の花は雨より長く雪より儚い。埋もれないおかげでいつまでも柔らかな感触に叩かれつづけることができる。手首に巣食う縫合跡が叫びたがってまた真っ赤な傷口を開くけど、何も誰もまともでないという、その印象ばかりが光となって、永遠に、病んだ心の中でさえ淡く素直に照らし続けるんだよ。照らし続けるんだ。

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no.164

人を捨てることには慣れているんだと、まるで自分が捨てられたみたいな目をして君は言うんだね。色が変わる瞬間はいつまでも切ない。憧れの女の子が男の子を産んでいたこと。知らなかった。壊れた時計が直っていたこと。知らなかった。山の頂に月が隠れたこと。知らなかった。僕の知らないところで世界は平気で不穏だし幸福。何不自由なく過不足なく円になる。きっと僕でない誰が欠けてもそうなんだろうけど、それでも。握った手が、手を、強く信じたために失った、ともしび、消える、何もかもを置き去りにすることをためらわないまま。月の下で音楽もないまま踊る、君を産んだかも知れなかった。あの時踏み出したなら。あの時視線を逸らさなければ。断ち切ったすべて風によって戻される、浅い眠りの果ての柔らかな光の中、君を呼んで良いの。僕を呼んで良いの。

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no.163

きれいなものにふれていたいな。そう思うことはわがままなの。おもいどおりになれたらいいな。そう願うことは地に足がついていないの。たくさん夢を見たんだ。ピンクや青やオーロラ、お菓子のトリコロール、お金がなくては見ることも叶わなかった風景。その光景の一部になるためなら睡眠を削るくらいなんてことない。誰もが幸せな世界はとても昏くて怖いことだと考えたんだ。ずっと知ってたみたいに湧き上がってくる。あさを何回むかえてもリセットされなくて諦めたんだった。これは来るべくしてきた、遠い誰かの思いなのだと。理由のつかないことって大抵が、そう。誰かがどうしようもなくなって空に放り投げた。落下地点のいちばん近くにいる誰かにあたって、そのひとのものになる。初恋だってそうだと思うんだ。説明されることを嫌うものってのは。優しいことを邪魔だって言いたくないし好きだからって理由だけでたくさんのものを捨てたいし負かしたいし傷つけたい。順番や思いやりなんて言葉も知らなかった頃にかえってスカートの裾をひらひらさせたい。自分だけが味方だった、他の誰もが花に見えて仕方のなかった、あの頃だって悪くなかった。

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no.162

幸せになったら終わりそうで怖いんだ。だからいつまでもそうじゃないふりをして君を怖がらせないといけない。いろんな形があるんだとしても必ずしもすべてに頷いてもらえるだなんて思っていない。線路の上はあたたかいな、いつも人と電気の匂いがする。誰かが何かを届けたかった頃の。剥がれ落ちた瓦礫の匂いも。崩れるものは再生を予感させるからではなくて今その瞬間に何もないから安心させる。遠い空に祈っても目の前の瓶は割ることができない。そういうあたりまえがあるってことを。もっとあたりまえに飲み込めるようでなければ生きてはいけない。胸が痛いなら目を閉じろ。願ったことだけが起こるんだと言い聞かせて。そうすれば星がいくつも流出する。夜の闇のほころびが隠そうとしたのは僕、それとも。

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