no.180

この手が届いたら消えてしまう
遠くの不安定な稜線をなぞる空の輪郭
僕たちの影はあの日に舞って帰る
だから記憶は鮮明になる
ありもしない思い出を重ねて色濃く
本当の会話は見えない糸になる
だけどそれはしばらく固く絡みついて
忘れただけの僕たち首を傾げる
あちらこちらで号砲が鳴って祝杯
いなくなって初めて名前がついた
伸ばした手の震える指先が今みつかって
まるでかわいそうなものみたいに愛される朝

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【小説】ももたろう2017

めでたい感じのラブコメをめざして落書きしたやつ。昔話の「その後」がこうだったら、という妄想から生まれたものである。続かない。

新春読切『ももたろう2017』

先祖代々受け継がれて来た退治仕立ての悪夢(ナイトメア)から逃れるためだけに遂行した徹夜明け(オーバーキル)の情緒(テンション)で賑やかな場所へ行ってみたくなり、初詣などに赴くと(レア)、桃太郎家の直系長男が、成績優秀の猿次郎、派手な見た目の酉之助、主君以外に腹黒主義な犬奴を連れているところへ遭遇した。
彼等四名は我の通学する學校のいわば圧倒的先駆者(スーパーアイドル)、非の打ち所がない四者連携隊(カルテット)なのであって、誰がどのような勝負を挑もうと敗北を喫することはあり得ないのだ。
ましてや我のような、
「おや?どうした鬼ちゃん」。
目敏いのは長身の猿次郎。
長男を凌いで家督を継ぐ予定にある成績優良児(インテリボーイ)。表情のほとんどないところが特徴といえば特徴には違いないが、跳ね上がった口角は極めて冷徹(ニヒル)にも見える。
「これは大した珍聞(ゴシップ)だ」。
「鬼が神社を参るとは(クレイジー)」。
面白がって参戦してきた酉之助、犬奴の肩越しにこちらへ気づいた桃太郎。
我のほうへ歩いてくると鼻先が触れ合わんばかりに顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
その間、およそ三十秒。
桃太郎家の側近家系を自負する猿次郎の視線が痛い。

「はああ!オニーは今年もちまっこくて可愛いなあ!」。

無関係の参拝客が振り返るほどの大きな声で言い、桃太郎は我を力任せに抱擁(ハグ)する。
「ついに初詣に参ったか!よきかな、よきかな、この桃太郎が先頭に並ばせてやろうぞー!」。
「…いや、いいです」。
「何を小癪なっ。落ちぶれ鬼の末裔の癖に桃太郎の提言(アドヴァイス)をそうも容易くあしらうとはっ。ご先祖が情けで逃したが恥(痛恨のミス)。この酉之助が成敗(ファーアウェイ)してくれようぞっ!」。
「待てい、酉之助。ここは犬奴の出番(ターン)ぞ」。
「待て待て、二人とも(シットダウン)。我々はおとなしくしておこう(そしてカームダウン)」。
冷静沈着な猿次郎の仲裁により我は難を逃れたらしかった。
とは言っても最大の難(ゲート)は、
「オニ、この寝癖(キュート)は何であろう?昨晩はよく眠れなかったのか(キュート)?だから言っただろう、俺が添い寝を致そうと!」。
「っ…!破廉恥醜悪極まれり!」。
「落ち着け、酉之助!」。
「しかし!」。
「遮るなこれは桃太郎殿の恋路である!」。
今にも内紛が勃発しかねない剣幕である。台詞のどこかに聞き捨てならない言葉が混じっていたが今はいかにしてこの場を脱するかを最優先に考えなければならない。
我は回転の悪い頭を懸命に動かして策を練る(ノーアイデア)。
だがどんなに尽力したところでそもそも相手が悪い。
「オニ?ねえ、オニー?」。
「…ハニーみたいに我を呼ぶな」。
虫唾が走る、と言いかけたところを咳払い(カモフラージュ)で誤魔化す。桃太郎当人は何てことないだろうが周囲の三匹がどんな反感を示すやら。
「…賽銭はしない。我はただ…ただ、そう、おみくじ(フォーチュンカード)を、引きに来たのだ」。
とだけ、告げた。
せめて待機列の短い方を示し、さっさと済ませて帰ってしまおう。
「承知いたした」。
桃太郎がさっさと列を薙ぎ払い、我はあっという間に先頭に立っていた。
さも適当な手つきでひいたおみくじを開くと中身は大吉。
何故か我よりはしゃぐ桃太郎に奪取され読み上げられるという雪辱。
「オニ、オニ!見てほら、恋愛運のところ!果物(ピーチ)から産まれた祖先を持つ相手が吉(ユア・グッド・ガイ)だと書いてあるぞ!」。
そんな馬鹿な話はあるまいぞと思いはするが相手をするのはいよいよ馬鹿馬鹿しい。我は見もせずに桃太郎に命じて近くの木の枝に紙切れを結ばせた。
「じゃあオニー、これからどこ行く?」。
これからも何もあるまい。
そうは思うが例によって桃太郎崇拝者の三方に睨まれていてはろくに拒絶もできない。やはり慣れない初詣になど来るのではなかった。これもそれも祖先が潔く根絶やしにされなかったせいだ。
実に幸先の悪い年明けとなった。

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no.179

きみがとても大切だから早く消してあげたい。明け方に巻き取られるイルミネーションの檻から。名前がなければ見つけられなかった感情なら霜の下で永遠に眠らせておきたい。繰り返された夕焼けは増殖をカモフラージュして何か食べようとしていたの。そのことに気づかないで悪を笑った幼稚な浅はかさ。人工物の上層階でスケールを盾にして大自然があぐらをかいている。子どもたちの夢や希望は試験管に詰められ査定を待つ。どんな介入にも左右されない真実なんてこの世界にないから昨日も明日もかわいい嘘がつけるってことにもっと感謝しなければ。もう目覚めることのないきみがただ眠っているだけだってどこまでだって自分に信じさせられるって口先だけでも放たなきゃ。蕾開いて光解き放つ。ありもしない束縛を言い訳にはもうできない。すべて平等に孤独で有限。方法を捨てたら遭難はしない。積み重ねで紡ぎ出した正解が明日には裏切るって、教えてほしかったら教えてあげよう。夜明けより早く。ぼくのかわいいきみに。さあ目をあけて。

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no.178

いつか、どれかは最後になるんだ。球体のダイス、クリスタルのルーレット、絵の無いカード、掴めないダーツ。弾き出された確率は夕日が沈んでもゼロにならない。ほぼ確定の事実。こめかみにあてた銃口。躊躇い傷の指先。それでいいか?今でいいか?加工された声が問いかけてくる。かき混ぜられて最初の答えを忘れてしまう。ヴァージンは間違いを知らなかったのに。どうか、どうか誰か決めておくれよ。おいおい、そんな、ご冗談。毎日本気を出すなんて所詮無理に決まってるけれどせめてやる気がないときは寝て回復を待つんだった。後悔も恐怖も見せたくなくて深い森に暗号を隠しに出かけなきゃ。致命傷の罠をくぐり抜けて。あたりまえでいることの手枷足枷を求めて。比較では得られないことばかり。だから誰とも支え合いたくない。探り合いに変わるから。臆病で良い。深みのないままで良い。冷たいことを悟られたくないために棒にふるなんてそれこそ順序の矛盾。まだ残っていれば。仕方なく。思った通りの惨劇が始まろうとしている。緞帳がするすると動き出す。ゆったりと怪しげな音楽。目隠しされた子どもたち。いろんな時代の僕たちだ。好きなものだけ食べて生きていけると信じていた、少なくとも疑いはしなかった、もうどこにもいない、だけど記憶から抹消のできない、厄介で愛おしい僕たち。

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no.177

遠い国の緑の景色の絵葉書はただ手の中。視線と心は東京の夜景に奪われている。舌の上に負った火傷はいつまでも消えないで欲しい。名前も知らない清掃員の背中が流れていく。競馬場で駆け足するサラブレッドが。眩しい駅。離発着する機体。霞もしないツリー、タワー。自分の体だけ移動して、骨の器に血の水槽。魂はダメージ受けないで運ばれていく。無垢でしたたかなまま。向かい合った女の子はいつかの僕。すれ違ったおじいさんはあの日の君。何も手に残らない心地良さはいつまでも忘れられそうになくてこのままひとりぼっちになるんじゃないかと思うよ。複数の笑い声もか細い囁き声も僕が許さないなら触れることは叶わない。何に怯えていたの。何を奪われた気でいたの。そんな形でもどこかで繋がっていたかっただとか眠いこと言うなよ。永遠に会うことのない僕の子どもが黄色い線の上に立っている。山手線は絡まるゆりかご。目に見えないあやとり。無臭の雑踏。明日には変化する広告。たくさんの未知なるもの。あのひとも、そしてあのひとも。足し算と引き算で切なくなれる。透明でいて単純だ。事は、そう、透明でいて単純なんだ。贈り物のマフラーに顔を半分隠していると、ほら、あたたかい。半分だけでいられることはなんてあたたかいんだろう。この距離を変えたくない。空は繋がってなんかいない。僕たちが動いた分だけ切り取られる。直線で切り取ってパッケージに詰めたら独房に差し入れて、もう少し身代わりを頼んでみよう。お願いだ、お願いだ。

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no.176

朝、あなたのぼくに言う好きですは助けてに聴こえる。
夜、あなたは助けてと囁きながらぼくにきっと死なされたがっている。
壊したいのはこちらの何です、夢?
黒板の上に貼ってあった三行とそれに見合わない野菜たち。
同じ夜明けでもどうしてこんなに胸が痛いの。いまこの頬を転がったものはほんとうは誰の目が流したものだったの。
何故いつも匿名を選ぶの。
何を映して?
何に傷んで?
薄い月が地平線に触れるころ、あなたの手が同じ形の傷跡をぼくの首に残していく。
いつか消えるように。それをたったひとりで見届ける。いつか消えていくんだ。呪っても祈っても。そこに大差はない。あるとしたら騒ぎかたの違いだけ。
産まれる前に中断をした夢のつづき。
うまく呼吸できないくらいでまた産まれることはない。
あなたが行きたい場所に行けるために百人の命が必要だとする。
戦わせたくないのはどちらかが勝つからだよ。ぼくに守られたがっている、あなただってそれを思ってる。
綺麗なふりも汚いふりも、それを願いながらその真逆を自覚したことの無意識の証明、つまりほんとうは気づかれたがってる。そのくせ指摘されたくはないんだ。
支離滅裂じゃないか。何もかも。うんって頷かなくてもここでぼくが許してあげるからあなたはいつまでも責め立てておくといい。理由、理由、理由に思えるんだ。勝手な解釈でふざけたことをって思うんでしょう。裏切られたことは一度もない。切りつけられても何度でも抱き締めよう。ぼくはあなたの言うとおり愚かな人間であり、だから繰り返すことが得意なんだ。振り向いてくれなくていい。振り向かなくていい。ぼくはあなたの言うとおりだいたい平気な人間で、あなたの態度のそっけなさに対してもそれは変わらない事実なんだよ。

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no.175

濃紺の夜に星が落ちていて拾うことができない。白く浮かび上がる龍の姿形をぼんやり見ているコンビニの前で。時間どおりに来るバスといつまでも現れないきみ。あの星は消えない涙。消せなかった命。ちゃんと、ちゃんと殺してあげるのだった。川底に揺れる骨のように青く光る疑念。後ろめたい抵抗。目は伏せられたまま。睫毛の先にしたたる血を見るために。何も怖くなかったはず。きちんと。狂ったように。上を向いて。指さされながらも。信じてさえいられれば。ナイフがきらめくあの一瞬。鼻歌を忘れなければ。微笑みを浮かべていれば。何もかもこの手にあった。捨てるほどたくさんの何もかもが。鼻歌を忘れなければ。微笑みを浮かべていれば。

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no.174

ひかりが好きだ。そして(だけど)、すみっこも好きだ。きみの好きがたまたま世間に害をなし、ぼくの好きがたまたま誰かに受け入れられた。素直になることは何かを傷つける。正直であることは何かを誑かす。どんな優しさも地獄までついてきてはくれない。言い訳をする頃にきみはいつもひとり。ぼくはいつも、ひとり。ひとがひとりひとりであることだけがこの沈黙をやわらかなものへ変えていく。産まれるずっと前にそうだったように、そしてそれは少しも怖いところのない密室。言葉でとけない刺繍はない。氷はない。謎はない。呪いはない。魔法はない。編み上げの心臓。いつか手のひらに包んで喉仏を鳴らした。綺麗なものひとつも落っことさない強欲な銀河が好きだ。誰のこともまともに見守らない、神様、あんたのぶっきらぼうな沈黙だってそうさ。

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no.173

チュッパチャプスをかじりながら満月の下を歩く。誰も首を締めてくれないから。飛び出してきたスニーカーは左右反対で、だからって履き替える気にもならない。流れ星は肌を切りつけないから。はみ出したり引っ込んだり、ひとのからだって不思議ばっかで大嫌いだ。思い出だとかこれからだとか、今じゃない話ばっかで。線路の上を歩くけど始発までまだ時間があって、親切なひとを驚かせてしまうだけ。あんなにも望んだ浮遊が、簡単に手に入って茫然自失のまんなまなのかな。初めて盗んだ飴の味は何回出し入れしても分からないや。こんな僕の舌じゃ。

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no.172

嫌いになることはないよ、好きになったこともないものを。かわいそうだからやめないでおくね、耳を傾けることをやめないきみのために。何の因果もない場所でたくさん糸を切ってそのはじっこ同士でどこかとどこかを結ぼうとするのはもっと大きな円を駄目にした犯人だと白状したくないからだよね。口封じに使った青い宝石は浮かばない死体の沈んでる湖の色素になった。朝の光より月の光をきらきらって反射させて暗号を飛散させてる。夢は大きく、心はまっすぐ。黙っておいたほうが何倍も賢く見えるよ。きみの髪の色。そう見る人の多いってこと知っているくせに。またぼくを孤立させる。ぼくがどんなに魅力を説いたって伝わりはしないのに。またぼくが虚言癖の持ち主になる。何もかも手のひらで転がしながらきみは俯く。波紋の形になんか興味はないくせに。優しい笑顔を隠すために。ゴールのないゲームはどちらかが倒れるまで終わらない。銃口の奥で魔物はまだ生まれていない。そんな状況なんだ、わかっているはず。魔物でさえ億劫なんだ、この不毛な喧嘩の無意味さ、きみはわかっているはず。

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