手から砂がこぼれるように、口から文字がこぼれていった。つめたい文字。ひとりよがりな文字。自分ばかりがかわいい文字が。あなたは不自由。かわいそう。恋なんてものに落ちるんだもの。だけどたくさんの人がそれについてさまざまなことを言う。あまい。よくない。わすれてしまいたい。人はあまり気づいていないが、ホログラムのように降るものの正体は文字以前の言葉なのだ。あなたの知らない誰かが、誰かへ言いたくて飲み込んだ言葉。それらがシャッフルされて降り注ぐ。だからときどきハッとするよね。こんなことを言うつもりは無かった、って。自分がこんなことを考えていたなんて知らなかった、って。知らなかったくせに少し懐かしくもあるのは、ほんらいの持ち主の温もりが残っていたせいだ。ぼくはときどきつめたいことを言うだろう。何もちゃんと分かっていないような、分かろうともしていないような。待っているんだよ。ぼくの心が「それはちがう」と反論するのを。「ちがう、それは、ぼくの、ほんとの言葉じゃない」。妨げようとするものすべて貫いて張り裂けるのを。だけどまだ弱いんだ。邪魔されたくないから、耳をふさいで風を受けてる。粉々になったキラキラが頬や耳たぶをかすめていく。致命傷を避けて目を開く。ぼくが何も知らない最後の夜が明けようとしていた。誰かへ何かを本当に伝えたいとき、言葉すべて奪われるんだと知った。空の上の誰かが取り上げちゃうんだ、子どもみたいに素直なんだ、なぜならそれは一番おいしいので。言葉を窃盗され、気持ちだけ残され、徹底的に敗北したあなたは、経緯も知らず、途方にくれて、無力を憂い、恥じ、結局よけいに高ぶり、生死をさまよう漂流者みたいな、そんな目でぼくを見るんだ。
月別: 2019年3月
【雑記】なにがでる
うーん、記憶力には割と自信があるのだが、失念しているかもと思うと不安である。
新たな元号なんだと思いますか。1つ予想してたやつあったんですが過去に使われていたみたいでボツです。ちなみに予想してたやつは「安和(あんわ)」です。実際は「あんわ」でなく「あんな」と読むそうですね。
なんだろう。わくわく。元号と同じ地名を持つ地域がわーっと盛り上がるんだろうなあ。ご当地Tシャツとか販売するんだろうなあ。元号ブームに便乗した数々の商品が出るんだろうなあ。買っちゃう人いるんだろうなあ。元号変わったその日に生まれた赤ちゃんとかテレビで特集されるんだろうなあ。平成はあたらしいと思ってたけど過ぎていくんだなあ。そしてどの時代の幕開けにも人はこう思ったんだろうなあ。「あたらしい!」って。
No.659
好き。それだけ伝えたかった。ぼくは液晶画面を見ていたんじゃない。そのむこうで、液晶画面をのぞきこんでいる、ぼくに似た誰かと向き合っていた。でも時々忘れたんだ。つらいことや、かなしいことが、そちらにもあるってことを。汚いこととは無縁で、不幸もデコレーションされていて。だけどあなたは生き物だった。その証拠に、ふっと、発信が途絶えたんだ。はっきり言えることだが、ぼくは忘れる。すべての音が消えた瞬間のこと、反射していた光のつよさ、胸にのせた手のひらで心臓がたしかに鳴っていたこと、魅入られたように見つめ合ったこと、とか、生きているというだけで、あなたを、嫌いになりそうだったこと、も。何が見える?いいえ、何も見えない。何を伝えたい?いいえ、何も伝わらない。それでもぼくは見ようとする。伝えようとする。あなたのためじゃなくて、自分の満足のために。それでいいと笑うだろう。ずっとそれでよかったんだ、何をいまさら気づいてるんだ。コードを抜くと脈音がする。ときどき微かに旋律になる。ぼくがあなたを失ったとき、夜空はしずかにあなたを取り戻した。じゃあ何もなくならない。誰も消えない。無数の「もしも」が星になって、ぼくから涙を奪うんだ。あなたは奇跡という言葉を惜しげもなく使うひとだった。だからあなたを知ったぼくには奇跡しかなかった。魔法のとけたぼくを残したまま、平成が終わる。あなたはたぶん、夢を見ていた。ぼくも知らない、誰も知らない、長くて短い、一度きりの夢を見ていた。
No.658
まあまあ役立ちそう
そんな目でよかったのに
見てもらえたらうれしかったのに
だけどハサミ以下だったぼく
波
鍵盤
山茶花
また、波
猫
樹氷
かたつむり
また、猫
椿
階段
フルネーム
また、椿
あなたの手はとても器用に
景色のパーツを切り取って行く
唇が少し乾いて涙がたまる
切り取られることのないぼくは取り残される
ほんとうを言うと切り刻むんだと思ったの
あなたは世界を切り刻むひとだと
だけど切り取ってみせるの
ひたすら器用なあなたはぼくにも優しいの
非の打ち所がないくらい輝いている
だけどその光は人を殺すこともある
ぼくはたぶん何だってする
あなたを泣かせるためならば
まどろむように生きていた
生きていけると思っていた
ぼくはたぶん何だってする
あなたに忘れられるくらいなら
No.657
7年前の今日
出会ったんだそうだ
スマートフォンが教えてくれる
誰にも何も教えられないふたりに
みずうみに降っている
白と言えない花びらが
きみがぼくに向ける
その感情はずるいよ
生き物は新しい終わりを始める
ぼくには善悪を越えた夢がある
水の底でしか言えないこと
なのに咲きほこるサヨナラが
説明をしない
言葉ひとつで終わらせない
時間をかけてゆっくり生きよう
終わらない感情に名前をつけるために
No.656
ふたりでつくった傷を見て途方にくれる
こんな終わりだれも予想していなかった
予想する価値も時間もなかったから
初恋は、それだけで、ひどく痛手だった
傷つけることを正当化するんじゃだめだ
わかってるつもり、ほんとに?
許す自分を許していくことなんだ
自分以外を愛するってことは
物分かりのいいあまのじゃく
今日は少し違う世界に見えるね
許したくない自分を受け入れることなんだ
致命傷を与えなくて良かった
一枚欠けたカードゲーム
人工甘味料で味付けた失敗作
棺の要らない毛玉の末裔
死ぬより甘い春の真昼
許す自分を許していくことなんだ
許せない自分を越えていくことなんだ
平坦な道を恐れないことなんだ
刺激の少ない幸福に耐えるということなんだ
暮らしということは
飲食するということは
生きるということは
死ぬことを忘れたふりをするんだ
眠るまぶたに光を集めて
夢の中でミラーボールがまわってる
毒々しい過去も未来も
ただ存在するだけの今には勝てない
No.655
目をつむったほうがいい。たとえ眠らなくても。さもなくばきみは不幸を知るだろう。かけ違えたボタンが、それでも何の不自由もなく役目を果たすところを目撃する。
閉め忘れた窓からは花の香りばかり。
思いが時間なんか無視して、まばたきの後に白い天井を見上げてた。綿毛のように囁く声。淡いみどりに仕切られた聖域で。熱心にひとりごとを述べていた。
きみはぼくを殺すことをやめた。約束を破ることを選んだ。きみの幸せが不幸を上回ったんだ。窓枠に象られた空は馬鹿みたいに青かった。
冷蔵庫で寝かせたゼリーが、今だれの口に入ったかぼくは知らない。裏切りで平和は買えるのに、認めようとしないきみを嫌いだ。
ふと目を開けると窓枠は閉じられて、束ねた光が無造作に踊っていた。匂いを残せないシーツの上で。痕跡を残さないぼくの恋人。呼ぶことができない無名の神さま。
【雑記】時代はきっと確実に
ポエム。はずかしい言葉だと思う。わざとそんなはずかしいような響きをしやがってと思う。でも本当にそうだろうか。もしこれが、なんだ、ハイセンスな歌を歌うアーティストの名前とかだったらどうだ。えもい!て思うでしょう。こう、かっこいい写真のうえにかっこいいフォントでポエムって書いてあってもそれを待ち受けにすることだってできるでしょう。だがしかしポエムである。
なんか、まるまってるイメージがある。ポムポムプリンみたいな(安易)。もうちょっとシャープな響きだったらどうにかなったのでは?たとえば、スラッシュ。「/」のこと。いや、むしろ恥ずかしいのかもな。わからない。
けっきょく詩ははずかしいものなんだよ。小説よりもイラストよりもはずかしいもので、でもはずかしいと思ってはいけないんだよ。ましてや言ってはいけない。いや、言ってしまった。なので、言ってはいけなかったと過去形にしよう。それにしてもなんでこんなはずかしいのか?
言葉は大量生産大量消費された。意味を付与された、解釈をされた。されすぎた。分析されすぎた。削られすぎた。殺されすぎ、洗練されすぎた。無駄が省かれ、意味を求められすぎた。
そして言葉はくたびれて見下された。言葉がくたくたになっていることに気づく人は少なく、いや、少ないかのように思えた。
しかし、ある人が立ち止まった。しなびた言葉をひろいあげてしげしげと眺めながら言った。
「これは、いいものだ。私はこれをすきかもしれない」。
言葉はすこし元気をとりもどしたようだった。
みすぼらしくしなびて見えたがそれは新しい水を吸い上げるための姿かもしれなかった。
言葉の周囲に人の気配がする。
「なるほど、わたしにとってもいいものだ」
「うむ、ぼくもこれを好きである気がする」
「おい、これはおまえにとっても必要なものではないか?」
言葉はときどきしなびて見えた。言葉はときどきくたびれて見えた。それはたしかだった。言葉には力がなく、言葉にすがってもどうせ何もないと思うひともいた。それもたしかだった。
だが言葉はいとも簡単に息を吹き返すことができた。
しなびて見えたのもくたびれて見えたのも見る人がしなびてくたびれていたからなんだろう。そう、言葉はいつもみずみずしかった。
結局なんなんだろう。何を書きたいんだろう。
そう、これ(それ)。
結局自分は何を書きたいんだろうというときにもすでに書き出すことができるものが詩だよ。小説には真似できないでしょう。他のものには真似できないんだ。
何もかも消してなかったことにしてしまいたくなる恥ずかしさと戦ってるのはみんな同じ。
だとしんじたい。
No.654
桃色の水平線をすべる船。あれが、見えない境界線を行き来するもの。恐れるもののなかった僕たちが、いつも身軽に飛び越えたもの。逃げ切れたと思ったのは錯覚で、うたかたの自由を泳がされていた。僕と君はひとつのりんごを食べていた。半分に毒が注射されていて、もう半分には甘い蜜が入っているんだと聞かされて。本物や偽物にこだわっていた日々は幼い。幼くて、あまりにも幸せだった。失った時に絶望しかけるほどに。朝と夜が厳密には分けられないのと同じで、本物と偽物に境界はない。たしかだと思えることと、そうではないものの違いだけ。それだけ。目の見えない僕と耳の聞こえない君はお互いの手をぎゅっと握った、ひと気のない波打ち際で、白の貝殻みたいなくるぶしを濡らしながら。いま握っているものが僕たちを消したがる存在から生えている手じゃなくて、花畑に秘密基地をつくったお互いの手だと信じて。もう片方の手の指が引き金をひくことは決してないと愚直に信じて。
No.653
君が愛した人になれなくて
消えてしまえばいいのにと思う
僕なんか消えてしまえばいい
でもあと少し見ていたいとも思う
たとえば助けられるかも
君がぼーっと道を歩いていて
側溝にはまってしまいそうな時に
あるいは毒をお菓子と間違えて
口に入れてしまう前に
そんなことないほうがいいのに
あればいいと思ってる
僕はもう気づいてる
君の不幸の中でしか生きられないこと
優しいねって
言われたくないよ
冷たいんだねって
言いながらもあの人を愛したでしょう