No.584

いつか好きだった
きみをぼくが好きだった
青と赤だけを使って
いくつも図形を切り抜いた

ぼくたちの隠れ家だよ
ほかに許されたのは
ぬるい風と野良猫
ミルクの匂いに月の光

眠りに落ちる前は甘い
これで最後かも
次はないかも
って、想像すんだ

そしたらほらね痛くない
悲しくもなくて
闇がきれいだなって
光がなくて優しいなって

どんどん忘れていくんだろう
波が浜辺を寝かしつける
夢のようだね
長くないよね

いつか好きだった
きみをぼくだけが好きだった
もう一度恋に落ちたら
運命くらい信じてあげる

つないだ手に血が走る
ナイフだって持つのに
文字だって書くのに
いつも誰にも伝わらないのに

5+

No.583

銃を捨てたスナイパー
毎晩いろんな月が落ちてきて
何を許せないかを知った
何を許さないでいるのかを

透明のティーカップ
採取された指紋だけ浮かぶ
もう来ない春に触れた蝶と
行き先がどこであってもいい

幸せでありますように
たまにでいい
ほんの少し思い出して
あの子はどうなったろうと

選んだ人と喧嘩をして
道に迷った時にでも
ぼくを思い出して自嘲して
つかえた棘を飲みくだしながら

今に教える
ぼくのまちがいは
一度も間違えなかったこと
怖がるばかりで踏み出さなかったこと

明日教える
あなたが輝かないはずがない
名前をもらって瞬いていいよ
その光が次の祈りをちゃんと救うよ

5+

No.582

積まれたがらくた
砕かれてどきどきする
あれはいつかのぼくだ
あるいは明日のぼくかもしれない

悪い想像ばかりするんだ
失望したくなくて
負けたくなくて
まだ誰か信じていたくて

結果を考えていないふうで
都合よく解釈してたんだ
これから新しいね
新しくて監視しやすい命だね

神さま、そんなもの役に立たない
体温計のほうがどれほど正確で
嘘が下手なぼくを守ってくれたことか
このまま死ぬのもありだよって

もう足止めされたくない
自分勝手に予測した結末で
手遅れになるのは嫌だ
あなたが笑えない世界は嫌だ

願わない人になりたかった
だけどなれなかった
それが答えだ
分かってたのにってあなたが笑う

生きていたんだ
息をしていたんだ
すみれ色に満ちた水槽
種の起源を呪いながら

あなたにとっては実験の過程
これで何か明らかになるのなら
また生まれてきてもいい?
また息をしてみても、いい?

4+

No.581

幼いきみの
背丈ほどある花畑
好き?って
ずるい質問だ

はいも
いいえも
答えたくない
好きかそうでないか

そんな生き物じゃない
そんな名前じゃない

ぼくにはかつて
名前がたくさんあった
ひとつなくしても
平気でいられるよう

迷子にならないよう
決まりなんてないでしょ
夢見るくらい自由でしょ
星に手が届きそう

月のない夜に恋人はずるい
質問されたぼくは答えない
あなたがひとりになるように
あなたがひとりでいられるように

確かめなくていいくらいの無防備
ふたりを包めるくらいのブランケット
星に手が届くくらいの孤独
角砂糖をほろほろ溶かすぼくらの永遠

3+