No.520

『ルール違反』

よくないことだよ
あなたの予言どおりにするなんて
ぼくが消えるはずだったのに
まさかそちらを選ぶなんて

いちばんなんてつくらない
だってつまらないだろう
自分は何番目だろう?
そう思わせておくと楽しいんだ

なんて悪趣味なこと
言ったのはどの口だった
不毛な喧嘩のあとで
誰よりも優しかったのは?

2+

No.519

『エゴイスト』

誰も禁止してはいない
逃げたければ逃げていいんだ
しつこく追ってくる幻から
耐えられない現実から
居ても立っても居られずに逃げ出す、
ということは、
生き延びる意思があるということ。
そうでなくても、死にたくないと
体が頭に訴えるんだ
雑踏、海底、本の中、世界の果て
どこへ行ってもいい
きみが生きられそうな場所なら
どこへ行くにもためらわないことだ
何を捨てても向かうべきだ
だけど覚えておいて
たすけて
きみが一度でも言えば聞き逃さない
ぼくはそのために何が消えてもいいと
まごころから思っていること、
どうか最後まで忘れないで。

3+

No.518

『幸福論』

あなたが一緒に落ちてくれた
そのおかげで
ぼくの地獄は美しかった。
ここへ、落ちてよかった。
花の咲かない荒野のようでも
疑う夜は一度もなく
今、この、いまでもそう思えるんだよ。

4+

No.517

新しいハイヒールが並んで
おまえの心を奪っていく
もう耐えられないんだ
横取りされることは

だけどまともに訴えたら
困るだろう?
困らせたくない
煩わしいものは嫌いだろう?

おとなは誰だってそうだ
こどものぼくだってそうだ
天邪鬼であっても言う
おねがいだ自由でいさせてくれよって

卵焼きのにおい
悪夢の終わり
たぶん砂糖を入れすぎた
手に取るようにわかるんだから

おとなの割におまえは優しい
ぼくが弱っているうちは
おまえは悪くないよ
そう言いたいがためのエゴなんだろう

夢を見過ぎだ
おとなになったら
今に忘れるんだ
ただの気の迷いさ

見え透いている
諦めさせたいんだ
できないのに
できるならとっくにしてるのに

明日は生まれ変わる
世界のホコリみたいな子猫
毛色も瞳も何もかも灰色
気づいた時にはもう手遅れ

3+

No.516

捨てて行けたら楽なのに
捨てて行けると思ってた
どちらも部屋を出ないんだ
呼び止められるわけないのに

きっと同じ気持ちなんだろう
そのことに安堵してる自分が悔しいんだ
物分かりのあまり良くないぼくにだってわかる
話し合えば誤解が埋まることくらい

舌で転がすキャンディが勝手に砕ける頃
青空に赤色が染み込んで来る
どれだけ黙っていたんだろう
振り返るときみはまだ怒っていた

嘘をつくななんて無理だよ、
ぼくには隠したいことがある、
きみだってあるはず、
そしてそれは欺くためではない。

ぼくたちはやり方を間違うんだ
出題者だって分かってないんだ
そもそも謎謎じゃないのかも?
目の付け所がおかしかったんだ

弁解していると泣けてくる
次から次へと涙が出て来て
こんなことじゃないんだと
そう思うとさらに泣けてくる

混ざり合わない幸福を確かめたくて
調合した毒を互いに飲ませ合う
症状を伏せたままで匙を運ぶ
ぼくたちはたしかに幸福だった

涙の跡は初めて見る文字となる
握りしめた石に光が灯り
真っ暗の目に輝きが戻る
予報されなかった夕立ちだ

意味などこもってなくていい
愛していると言ってほしい
きみが正気を取り戻すその前に
雨がすべて洗い流してしまうその前に

2+

No.515

向日葵が怖かった。見上げるといくつも並んだ暗い顔。行き先を訊ねて来る。そっちはだめだ、と口々に伝えたがる。中には親切な口調があって、笑いたいけど笑えない。表情がうまく浮かべられなくて。迷路から抜け出せなくて、たまに見える青の鮮やかさには容赦がなくて。気押され縮み混む。そしてまた道を見失う。ぎゅっと目をつぶったら、雑踏に立っていた。音と光に押し流されて、はぐれたりしないよう、ぼくはきみの手を握りしめている。そうか、おとなに、なったんだっけ。一瞬、だったね。ずっとだと思ったのに。向日葵に見下ろされる悪い夢は覚めることがないって。雑踏に飲み込まれそうになる。自分が進みたい方へ進む、前へ。つないだ手を握り直す。きみがひいてくれたぼくの手で。同じ命とすれ違う。ぼくたちはあの夏の生き残り。信じた希望のままに大人になったんだ。理想通りではなくても。ここまで歩いて来られたんだ。みんなの手の先に大切なものがつながっている。クマのぬいぐるみ。天体望遠鏡。白の汚れていないワンピース。お互い名前なんて知らない。回遊しているぼくたちを見下ろす星は、そっちはだめだ、ってもう言わない。どこにもハズレなんて無かった世界で、ようやくぼくたちは微笑みを覚える。

2+

【小説】そして明日も

まぶたがひらく。どうか、あなたの目に初めて映るぼくが、嫌悪されませんよう。人はだんだん欲張りになる。少なくともぼくは、あなたに対し、そうなっていく。明日は指先が少しでも動きますよう。唇がぼくの名前を呼びますよう。起き上がり、光景を視野に入れ、認識し、つたなくも笑いますよう。ちぐはぐでも良い、文法の乱れた言葉を発し、空腹を訴え、無意味に唇を舐め、食べたいものが分かりますよう。でたらめな歌を歌い、やがて退屈になり、疲れたなら午睡し、日が陰る頃に目を覚ます。毎日予想外のことが起きて欲しい。ぼくが思いつかなかったあなたでいて欲しい。そんな日は来るだろうか。そんな日だって来るだろう。来るんだとしても、まだ先になりそう。でもぼくは決して希望を捨てたりしないのだ。なぜか?それが、ニンゲンだから。ああ、また、ミス。もう何体目か分からない。惜しかった。ざんねんだ。修正不能のあなたを消去する。重ねた思い出の上で眠りにつく。この記憶はゆうに致死量を超えている。

1+

No.514

死にたい。たしかにそう聞こえた。だけどきみは生きたいと言ったのだそうだ。こんなにも重荷になってるなんて想像できていなかった。きみの嘆きはぼくを突き動かすためのものだった。八つに割れた鏡の中に入道雲がいくつも映って初めて夏を残酷だと感じた。首筋にあたる鋭利な冷たさに目覚めさせられることもなかった。どの道を選んでもいずれ同じ場所にたどり着いたんだろうか。答えは変わらなかったんだろうか。それは誰にも分からない。分からないからこそ、信じたいほうを信じることができる。助詞を組み替えて、誰も、悪者にならないようにしたかった。だけどそれでは届かないと知った。蹴落とすことは平気だったけど、非難の目が気に食わなかった。そんな中でぼくを見つめる目があった。他と違って、咎めない代わりにあわれんでいた。傷なんかちっとも怖くない。きみはぼくの主張を否定する。嘘だ、それは、怖くて、たまらない人のすることだよ。そう否定した。仕向けることは得意だった。特に、人の欲望をならして行く都会では。一度大切なものになってから裏切る。大きな傷になるくらいどうだっていい。後悔させたかった。間違いを認めて欲しかった。でも、今、手に入れた正しさは無意味だった。遠ざかって振り返る。花束だけを残して。ひとりで立ち上がるきみのむこう、ようやくひとつになった雲がいびつに羽の形をしている。

2+

No.513

勝手に持ち去ろうとしないでくれ。きみだけの世界じゃない。ぼくがいてぼく以外もいる。きみがいてきみ以外もいる。そうだろう?常軌を逸したふりをして何もかもに混沌を目論むのはやめてくれ。きみはもしかすると、じゅうぶんに優しいのだろう。そのせいで傷つきやすく、優しさと弱さは紙一重だと、たまに自分を呪っている。もっと無慈悲でないと辛いんだと。きみは意味を欲しがっている。無理もないことだ。現在のきみの考え方では、きみが生まれてきたことにはなんの意味もないんだから。ちょっとした、ミス。しかも、再現性のある。だけどほんとはそんなことない。きみがそう考えているだけ。勝手に。そして呪っているだけ。かんたんなことを難しくして。例えばぼくは適していると思う。少しずつでいいんだ、全部じゃなくてかまわないんだ、ぼくを助けると思ってくれないか。きみは今日からごはんをちゃんととる、夜が明ける前に眠りにつく、日に一日はあらたな発見をする、ぎこちなくても笑う、他人の言動の意味を推測する、憶測でいい、もちろん。夢は忘れてもいい、だけど思い出す日をつくる、誰かを憎んでもいい、だけどいつかは許して水に流す、嫉妬をしてもいい、そのかわりきみのすてきなところにも目を向ける、分からなくなったらぼくに訊ねてくれ、止められるまでやめない、たまにはひとりで泣いてもいい、ただし壊れる前にここへ戻ること。これを守るんだ。そうやってきみはぼくを守るんだよ。

4+

No.512

日付が意味をなさなくなってだいぶ経つ
いや、本当はそれほどでもないのかも
なくしても惰性で数字を基準にする
ベッドの下には銀河が見える

教えられた希望は幻だったよ
繰り返したって途中で分からなくなるんだ
ある時点から先へ進めなくなる
意に介さないあなたは指で空を切り取り遊ぶ

希望にすがるせいでいつかなくなるんだ
ないものをあると信じようとするからだ
だけどそれじゃいつか消えてなくなるさ
きみが信じるだけしかしないのならば

おれならつくるよ
自分の手で、だってその方が実感がわく
形や色がいびつな方がよっぽど忘れないだろう
あなたは言ってぼくの手に銀河のかけらをのせる

それはどんな時でも役立つ代物、
きみが限界を感じた時にはすべてを教え、
きみが傲慢な時には一部だと知らしめる、
肌身離さず持ち歩いておくといい。

ぼくはその言葉を鵜呑みにし首にかける
破片は日によって色と手触りを変えた
限界を感じそうな時も
消えたほうがマシなんじゃないかって時も

ついにぼくは楽園にたどり着いて
希望が幻なんかじゃなかったと知る
無限に作り出せるものだったと知る
出会ったばかりなのに懐かしいあなたがいる
今日も遠くの空を指先一つで切り抜いている

2+