no.470

知らなければよかった
知りたかったのは本当だけど
いまそう思っているのも本心だ
ぼくの心は棺よりも広い

透明の糸が絡まるんだ
目の前で、そう、この目の前で
指は動かせて触ることもできるのに
絡まりをほどくことだけできない

氷を削る優しい音が
悪夢からぼくを匿おうとする
だから言ってやるんだ
これは悪い夢なんかじゃないよ

あれも現実
きみもたしかにここにある
問題は溶けてなくならない
誰かがうまく隠しているだけ

きみはきっと間違っている
ぼくもあまり正しくはない
ふたりして選ぶことをやめただけ
正しさで救われるものはないから

砂浜で疲れて眠るこの物語は
ガラスの破片からは掘り出せない
どんな音楽にも慰められたくない
沈黙と抱き合って眠りたいだけ

どうか信じないでほしい
美しいものが美しいというだけで
絶望はひなたにも訪れる
とらわれた人にはそうと気づかせずに

2+

no.469

優しささえ損なわなければ
なんでも言いくるめられる
わけはなかった
さよならは行ってしまった

これから先どんなに
今日という日を思い出すだろう
だけどあるタイミングでふと
忘れていたことに気づくのかな

ちょうどきみを思い出したように
だって別れは突然やってくる
じわじわとではなくて
そう、とつぜんに、やってくる

受け入れられなかったのは
きみがいなくても平気なぼく
とてもきれいでいられないと思った
望んでいるくせに、嘘くさい、と

ミニチュアの浜辺
青と雲は無関係じゃない
ずっと飛ばされっぱなし
輪郭を淡く見せるパラソル

他愛のないなぞなぞも
覗き込んだつもりの永遠も
ぼくたちの終わりを知っていた
だってさよならは行ってしまった

3+

no.468

行動は解像度なんだ
それぞれに限界があって
それ以上は伝えられない
食べ物を味わうことはできるけど

好きだったものを忘れていくこと
忘却の恐怖からも
置き去りにされること
あるいは、すること。

毎日後回しにして人生は進む
いつかと唱えて来ない未来へ
やがてと嘯いて届かない明日へ
今以外に何のための今だろう

きっと忘れたいんだ
好きなままでとじこめたい
壊れるくらいなら
勇気なんて見せないで

後悔よりも孤独よりも
正しさは人を追い詰める
特に分かっていて選ばなかった時
それはいつまでも追いかけてくる

もっと走ったと思ったのに
肩を叩くと涙目で振り返る
ぼくたちはまた出会った、
うまく欺くこともできずに。

3+

no.467

近づいて欲しくない
所有してくれないのなら
たまに心臓を抉るくらいで
説明もしてくれないのなら

今ならわかるよ
音楽も小説も誰かの正当化だった
どんな薬もぼくには効かない
そもそも病名が無いのだから

愛する人が自分自身を貶めるんだ
ぼくは何度も否定するんだ
そのたびに失敗するんだ
決定的な言葉を口にしないせいで

守るより傷つけるほうが容易くていいや
何故って自分も傷つくから
同じ感じ方をできるものには鈍感だ
結果として予防線はばっちりだ

どうしようもない
ふたりで逃げたって
たしかに少しは前に進むのかもな
だけどすぐに捕まるのだろ?

ステンドグラスが光を落とす
握ったことのないか細い手に
冒険を望めない体に
それはなんて静謐なんだろう

名前をつけたくなるんだ
人はきっとこういうときに
記憶に残りたい、残したい
もがくほど上手くいかない

居心地の悪さを通り越して
いっそ癖になってしまうな
悪いゲームのようで
目を離せなくなる

審判ごっこはやめよう
ホールドアップで臨戦態勢
目を逸らしたほうが次の鬼だ
必ずぼくを捕まえてくれ

3+

no.466

シーツがこすれている
果てのない恐怖を覚える
ここにいたいと思っていたけど
もしかしてそうではないのかな

あなたも同じように溺れる?
空の鱗が語りかけてくる
名前のない色にときどき光って
憂鬱と感傷をあざ笑う

染まりたくなかったんだ
それなのに心細かったんだ
相容れないものが対立して
夜に隠れているしかなかったんだ

矛盾ではないよときみは言う
もし矛盾だとしても特別じゃない
電車が線路を通過するとき
大切な部分がかき消えてしまった

ふと、気のせいかもしれないと思う
見ているんじゃない
感じているだけだ
目覚めたときのように

望んだものは限りなくゼロ
ただ純白では心許なくて
すこしであれば歪んでいいと思えた
ただしいつでも戻ってこれるように

誰も矯正することができない
ぼくにだってできない
きみが秘密にする限り
語らずに伝わるものはない

聴いているのではない
見ているのでもない
ただ感じているんだ
きみが語るときには誰でも

少しは手をのばせ
ぼくはもう精一杯だ
あとはきみが動き出せ
シーツの裾なんかすぐに見つけられる

1+

no.465

ましろな雪に埋めようか
苗床にしてしまおうか
クラッカーにのせるジャム
それとも、それとも?

きみがあますところなく溶けて
その世界でぼくが生きたり
殺されたり蘇ったり
死んだり産んだりをする

絶体絶命のアドベンチャー
ひと針ずつ縫い止められて額縁の中
ぼくの純真を知らないでしょう
それが人を慰めることはもっと知らないでしょう?

何食わぬ顔で頷かないで
きみはただ知りたくないだけ
ぼくは何度も視界に存在した
そのたびに視線を逸らした

でもきみはその場所を動けない
なぜって弱点が眠っているから
埋める地点を誤ったね
湿った砂の下で心臓が再開する

きみは狼狽える
そろそろ新しい表情を見せて
だって生きているのでしょう
青ざめるだけじゃ芸がないさ

1+

no.464

いっぺんすべてを手放した
それはあまりに少なくて
過大評価と笑われたし
好意に似せて笑い返しもした

色あせてくれない
貶めようもなく貧相な青春
夜空の星座ごとき美しくもない
奇跡だなんてどういう了見、

落ちるところも見せておいて
幼さには始まりばかりあるようで
誰もが終わりから目をそらすようで
とても窮屈だとぼくは思ったんだ

あやとりのたどたどしい指が
象られた影絵の動きが
匿いきれない不自然を描写する
物語未満の日常が模写をする

いま?すごく、幸せ。

音のない風が強く吹いて
顔は見えなかったけど
きみが嘘をついてくれて
正直ぼくは救われたんだ

まだ傷が恥ずかしくて
まだ心を預けられなくて
まだ誰も信じられないで
あの校庭に立っているんだ

そういえば見たことがないな
きみは泣いたことがないね
後に引けない切り札を濡らして
変哲もない命のまま途方にくれるだけ

祝福されなくていい
強がりだって分かるだろう
たまには間違いを選びたい
当事者が見放した初恋の果てで

3+

no.463

壊れたら戻らない
それくらい知らないわけじゃない
本当のところなんて、
嘘をつかないだけでは不十分だ

澄み切った青紫のゼリーを
スプーンが舌に運ぶ
あなたは美しい横顔をして
誰よりもひどくぼくを糾弾する

良くないよ、
なんにも思い出さないことは、
そうやって正気を、
保つのかもしれないけど?

(思い出さないのではない、
思い出せないんだ、
いくらなじられても、
いや、違いなんて、曖昧、か)

あの花が押し出したような
ちいさな涙をこぼすので
ぼくはとんでもない悪人で
あなたはただ純粋な狂気である

追及と忘却はどこまでも平行線
あれが秘密の毒ならいいのに
ぼくの子どもじみた幻想が
音楽となって空白を満たしていく

経験したこともない沈黙のあと
スプーンが次の禁忌をすくって
甘い声でぼくに差し出す
さあ心ゆくまで召し上がれ

1+

no.462

つめたい魔法がとけるとき
ぼくはこの目をつむっていよう
平気なほど強くないから
きっとこぼれてしまうから

つながらない言葉を口にする
でたらめだと怒られもする
いちばん遠いけど真向かいで
敵でも味方でもないきみが笑った

たぶん、それでいいんだろう
きみはぼくを見ているだけで
何でもないようで大変なんだ
この距離を保つことは

湾曲したガラスの面が
手首の痣を隠してくれる
ここをいつまでも動かないことで
明るみに出ないものなんてないのに

誰も例外ではない事実
知らないまま明日を迎えたかったな
きみはもう翼を隠しきれなくて
泣きながら真実を告白するんだけど

聞きたくなかった
嫌いにもなれないのなら
人になどならなかった
否定が疑惑を肯定する

演技だから平気だった
劇場だから踊ることができた
もうすこし傷ついてみたかった
終わりのつづきを聴きたかった

3+

no.461

飛び散った色彩を集めていく
無謀だと笑われるほど信じていく
図書室で借りた本と違って
血は錆びついてなんかいなかった

きみが救われない世界が好きだ
怒った顔や泣いた顔で
きみが生きているんだと分かるから
何が欲しくて何が幸せか分かるから

わかるから、
夏日が収斂されていく夜が
どうしてあんなに深いのか
崩壊する決まりごとの下で

傘もささない頬に手に
尖った活字が降り注ぐ
損傷を与えるほどでなくても
次の安眠を妨げるくらいには棘がある

何かを好きになることは自傷だと
きみの手探りが呪いをかける
ほどけないことじゃない
ほどけるのにほどかないことを自覚させて

奇跡だと言われて腑に落ちないよ
だからたまに手放して観察する
もう一度出会ったら何と言うだろう
はじめましてと言えるだろうか

かき集めた時には変色していて
記憶のふたりが邪魔をした
これまでとここからは違うんだ
知っているぼくらだけで始めるということ

3+