no.399

声を聞かせてと言って。手をつないでと言って。ていねいだった頃を思い出して。忘れないでと言って。花束なんか要らないと、星も月も見えなくていい、太陽がのぼらなくても、もうひとりで泣いたりしなくて良いんだよって、言って、ねえ、また人間みたいに。ぼくたちまるで欠陥のないところが取り柄みたいで、だけど疎ましくも感じられて排斥を免れなかった。不安定であること、哀れだと思うよ。そこからたくさんの作品が生まれたんだろうなとも思う。整然としたものは、苦手?理想を追い求めるくせに到達することにためらって出した手をまた引っ込めるの。臆病なほうが可愛いとでも思ってるの。くだらないって言われたいの。ぼくも、きみも、冷たいひと。優劣じゃない。現象の話をしている。つめたいね。酸化する言葉でまだここにいたって気づくくらいの。でも時々なまぬるいんだ。錯覚のたびにもう百年、延命してしまう。これはそういうゲーム。勝って終わらせられない。あと少しって何度だって思ってしまうから。ふざけているよ。バグなんだ。ぼくが時々つめたくて、きみが時々なまぬるくなるのも。生きてるの。ううん、死ななかったの。それだけなの。ちゃんと尊いでしょ。もう一度大切にしてね。

6+

no.398

似たものを手に入れた
違いばかり目について駄目だな
無くして初めて名前を知ったよ
いつか青い風景の一部になりたい
巻き戻せない時間を抱えた人が
透明の七色に降り注がれているときに
手も足もまだ動いている
変わらない自分はもう飽きた
僕は確かに墜落したのかも知らない
だけど今いるこの場所は
墜落前よりはるかに高い
捨てられないものなんかない
一部になったものがもはや自分であるだけ
眼を覚ますより確かに変わってゆく
信じなくてもわかってゆく
待ち望んだ季節よりも確かに移ってゆく
忘れたくないものなら血にしてだって生きる

3+

no.397

セラミックは光を鈍くさせて嘲笑は都合よく解釈された。

ぼくたちはお互いに間違っている可能性を残したままで初恋に至ろうとしていた。

目の見えない子猫が夜に飲み込まれていったよ。噂話は鳥の餌になって新芽は伸び盛りを迎えなかった。

将来役に立つと教えられた言語はでたらめな文法で、それでも悪戯を遂行するのに役立ってくれた。

大人が本当のことを話したがらないのは、責任を取りたくないからだ。それでいて傷ついて欲しくないんだ。でたらめだよね。だからって冷やかすものじゃない。きっといつか同じ目にあうんだから。

少年少女はいつまで蝶々結びのできないふりをしていられるんだろう。

仕組みを暴かれた結晶が密室で何遍も生成されている間、より多くを滅ぼすための新型兵器は大空を渡っていた。

目をつむれ。
耳をとざせ。

そして思いだけになったとき、瞼の裏に浮かんでくるものは祈りの一節かも知れないし聞こえてくるものは舌打ちかも知れない。

いちいち傷つくような脆さなら生きていたって誰かの居場所を奪うだけだ。優しい人を求めたって求められなければどこも埋まらないんだ。

かわいそうに、きみは、いい子。
なぜって、正解を知っている。
だけど、覚えておいて、いい子。
本当はきれいじゃなくてもいいんだよ。

あの子を試そうとして神様が落っことしたナイフを、素手で受け止められなくてもいいんだよ。

枯れてしまった新芽はまだ多くの種子が眠る土の肥やしとなる。

冷たい夜にあっけなく溶けた子猫は黒猫となってふたたびこの世に生まれてくる。

そしてきみの汚せなかった手はその丸い背中をそっと撫でることができる。

辻褄を合わせる余地はいくらだってあり、歪んだ口元でも幸福をささやけるということ。

そのことを疑わずに目覚める朝が、これから先も何度もあるということ。

5+

no.396

にせものの命で言葉の通じない国に生まれた。スプレーで色付けられた花がビニール袋から覗いていてそれでも美しいと思うよ。あたたかな蜂蜜のこぼれている部屋にある時とおんなじように。ぼくたちは少しずつ汚染されている、そうして毎日判断を下しながら罰している。それは昨日あいしたひとであったり、明日のぼくであったりする。仕草はいちいち記録されて春はぎこちなかった。卵が割れる音で目を覚ました夜中。ひとつになりたがった。きずつけたこともないものと。それは危険だとぬいぐるみは言った。どうせ嘘だろう。どうせ嘘だよ。いつまでもここにいるよ。約束くらい簡単さ。助からないきみがいるならば。噛み砕いたキャンディみたく誰にも話したことのない思い出が窓の下に散らばってる。ぼくたちは本当の痛いを知りたい。

4+

no.395

月は笑顔じゃなくて爪痕なんだよ。うらやましいって言葉の裏には、自分だってできるのにって思いが隠れてる。僕が何言ってるかもう分かっているんだろう。あなたは知ってることほど知らないふりをするんだな。間違わなくていいところで間違うんだもの。馬鹿にされている気分。まあ、たぶんされてる。自分がいつも目で追っているものを考えてごらん、あなたは言う。それは少し自分に似ているだろ。まさか。いや、気づいていないだけということもある。僕は信じない。信じる信じないではない。もう、そうなんだから。僕は納得のいかない顔で話を聞いている。聞かなくてもいいのに。そっぽを向いて立ち去ってもいいのに。悪者はきみの心に、頭の中に、いともたやすく土足で入ってくるだろう。だからって相手ばかり悪者にしちゃあいけない。ある意味ではきみだって共犯者なんだよ。侵入させるために扉を開ける役目を果たしたんだから。うそだ。なるほど、また信じないというわけか。背が高いと思っていた男の正体は影法師で、僕は本体に背を向けているのだった。絶対にあなたを見ないぞ、そうつぶやきながら振り返った目の先にあったのは、足のない子ども。正義の対義語はまたべつの正義だ。ぼくはちっともわるものじゃない。子どもは舌足らずを使いこなして涙目で僕にそう訴えた。

3+

no.394

いいよ、なんのためにならなくても、もう、結び方がわからなくなっても、いいんだよ、ぼくはきみが大切だった、きみだけが大切だった、そんな時間があったというだけでつぎにひきつぐものができた気がするんだ。かたく信じるみたいにレモンを握りしめている。そういった脈絡のなさが、今日も誰かの救いでありますように。結ばれないひとびとをよくねむらせますように。ぼくを終わらせますように。きみの明日をはじめますように。卵がかえりますように。木々がざわめきますように。手紙がとどきますように。この詩が誰かにしみわたりますように。そしてその瞳がしずかな光で充たされますように。

4+

no.393

僕はもう飛び方を忘れたよ。君は覚えているんだね。はやく捨てちゃえよって言ったら軽蔑されるかな。それとも、そうだよねって苦笑いしてくれるかな。そうだよ。恥ずかしいことだよ。光が自分を駄目にしてしまうって考えることはない?僕は平気な顔で手紙を書いたりするんだけど、例えば今隣に座ったなんの罪もない女の子とかに夜明け前に襲いかかってくるすべての記憶を譲ってあげたくなる。穏やかで一見平凡なお昼にそれは訪れるよ。後から後からやって来て僕を追い越して行くんだ。柔らかに見えた手でも首を絞められたら苦しいんだよ。問題はたぶん首を絞められたことじゃなくて、だってそんなの絞めてる方にしか理由はわかんないんだから、もしかするとそっちだってわかってないのかもしれないんだけど、たしかなのは僕が悲嘆にくれない性格をしているからだ。涙も流せない無能だからだ。たまにね、思う。手とか要らないって。要らなかったのになって。あったものがなくなるのと、最初からないのとでは、最初からないほうがきっと良いよね。あってなくなったものって結局いつまでもあるんだから。一度覚えてしまったらなかなか消せないものだよ。いや、そうであるほうがいいんだよ。例えば僕はさっき飛び方を忘れたと書いたけどそれは嘘だ。ちゃんと覚えてる。忘れられない。ただ、嘘をつかなくてもいい君を責めてみたかっただけ。少しだけ。無駄でも。みんな平然として見えるんだ。僕よりはるかに。だからこそもっとも残酷だと思ったんだ。ひとりよがりであっても。夕暮れが美しい時間帯だって知ってるよ。君のつくるチョコレートマフィンが、たまに食べたくなるくらいおいしいってことも。まだ気づかないんだね。まだ分からないんだね。君は僕に優しい世界を見せてくれる。祈りだ。光だ。同時に僕の暗闇の部分を突き付けてくる。悪意無くして。僕が怒って見えるんだとしたら眩しいからだと思う。もし消せる弱さがあるんだとしたら、君を直視できない自分自身を認められない弱さを消して欲しいな。うっかり僕の本体は消さないようにして。一日だけあたたかく見えた常盤線が好きだよ。きっと自分の生きている場所だって同じふうになり得たよね。その証拠に旅行者は言うじゃないか。この土地はあたたかいって。それが誰か一人にだけそうじゃないって、わけないじゃないか。終わらないね。この手紙も、手紙を書いている僕も、今ここにいないのかも知れない。迷いを生じさせているものをやめさせて。君が幸せであっても、そうじゃなくても、耐えられないほど胸が痛む。馬鹿だな。卑怯だな。締めくくりは常に蛇足でしかない。輝いたままで普通に呼吸したかった。

2+

no.392

きみと別れた日のかえり道は空が暗い
余白のない黒
どこに何を書いても身元を知られることがなくて
ぼくは液体のように安心する
真っ白は脅迫に近いので
想像の中だけで生きたくて何度も離れようとしたのに
仮想の敵をつくりだして何度も殺されかけたのに
ぬいぐるみは命を欲しがらない
それが幸せと知っているからだよ
きみの選んだ扉は明日へと続く
警告を無視してまた始めるんだね
きみは自立した一つの塊だと
頭で分かっていても好きにしたいよ
怖いものがないから何階からだって飛べた頃
ぼくたちを前に進ませる何かが、
この世でうまく暮らせなかった、
化け物と呼ばれた、
だけど生きようとしたぶざまの末路で、
彼らの泣き声の圧力だったとしても
ぼくたちはわざと焦点をすげ替えてやり直そうとする
きみはぼくに言った
いつも遠い目をしてみているね
わからないだろう、
そう、ぼくにもきみが分からないんだ
それはときどき希望だよね
ばらばらの道を歩きながらふと思い出す
それはときどき希望だってことを。

2+

【小説】はじまりのあいさつ

あなた、言葉の通じる生き物がきらいなんだってね。言葉が通じない瞬間がわかるから。最初からなければいいんだよね。あるものが壊れることは誰だってかなしいしさみしい。おんなじだよ。ダメになる人間を何人も見てきたよ。世間的には恵まれていてうらやましがられるんだ。時にはあなたになりたいと告げる人さえあらわれる。そうするとだんだんからっぽになって、幸せでなくてもじゅうぶん笑えてしまうんだ。帰り道を忘れてしまうんだ。自分がいつから迷っているのかも。ぼくの素敵なところはあなたなんかこれっぽっちも好きじゃないところ。ただ都合はいいかな。ぼくは雨風を凌ぐ屋根が欲しい。あなたは言葉の通じない生き物をそばにおきたい。不都合はないよね。あたらしいミルクはもういらないよ。何を差し出されなくてもぼくはここにいる。むずかしくない。ただの契約だ。しいて条件を提示するなら、寝ぼけて噛み跡をつけちゃうくらいのことは我慢して欲しいんだ。それから、名前をつけてくれ。あなたの好きなやつでいいから。

3+

no.391

次々と決まっていく
ぼくにはそれが順番に思える
転校初日の朝を思い出す
拾ってくれる人と
捨てられた人の数と
必ずしも同じじゃないって
分かっているのに不平等だ
強くなりたかった
優しい人になるよりも
強くなりたかった
そのために大事なものが
どうにかなっちゃってもいい
きみは弱々しい声で否定するけど
それが何にもならない
どこにいても嵌らない
落下地点は別の星かも
スカートの中は今もお花畑かな
無抵抗なやわらかいものを傷つけるより
運命のリボンを切ったほうがいい
そのほうが、どんなにか良い
誰もが賛成するだろう
ぼくにとってのきみはいつも正しい
憎まれる部分まで含めてだ
だがそれを断言した途端
生まれたての喉から凶器が出て
秘密の結晶なんかを簡単に打ち砕く
それがぼくに残された切り札
使わないで済むなら良かった
知ることもないままなら良かった
求愛に至らなかったえげつない劣等
ぼくは知っている
自分が承認に足るものを備えていないと
きっかけのカードを贅沢な闇に葬るほどに

3+