no.330

可哀想になることで息をするんだ
わかるよ、
生きてくって惨めだよね
そのために幸せを集めないといけない
良いか悪いかじゃない
でこぼこの列から外れることなんかない
答えを知っているのに知らんぷり
殴られるのは痛いから嫌だ
軽蔑されている方がマシだよ
少なくとも自然でしょう、血は大切だよ
あなたの中のいろんなものに反するだろうけど
交通マナーというルール
お金という信頼
朝干した洗濯物が乾いていてお腹は空く
ばかだ、
何書いててもまたお腹が空くんだから
愛なんてほんときもちわるい
黄昏のなかで遊んでいる小さな生き物が
そんなものと無関係だって騙されていたかった
用意されたものを手にすればこの痛みが
続かないならぼくだってそうしたさ
嘘をついてもいい、だけど嘘になるなよ。
銃口をつきつられておもちゃだろって笑うの、
あなたくらいだ、ばかだな。嘘にしないで。

3+

no.329

青の封筒で送られてくる手紙の差出人についてずっと気づかないふりをしていたけれど答え合わせの機会がきてしまっんだ。ぼくは遠いむかしに、または、それほど遠くない未来、あなたに会っていた、または、会うことになっていた。
運命は信じないけど繰り返しはある。そしてそれを運命と呼ぶのならあなたはたしかにそうだった。色のない世界を憐れむのはいつだって色ある世界しか見えていない奴らのすることでぼくはいたって自由だった。あふれているものを欲しがる精神は身についていなかったし、でもそれはこの基盤では多少厄介な性質で、管理者には目印が必要だった。ぼくの利き手は夜になると光った。だから何食わぬ顔をするために手袋で覆っていたんだけどあなたはそれにも気づいていたね。
爛れた内側が修復するまで否応なしに話さなければいけなかった。青い便箋はいつも何か訴えていたのにぼくにはもったいなくて気づかないふりをしていた。だから感覚は鈍くなってそのうち本当に気づかなくなりそうだったんだ。
あなたといると南の島の浜辺を歩いている気分だったよ。急かされもせず、切なくもない。あなたはぼくに何も足さないし欠けていることを感じさせない。あなたはいつかぼくを殺すだろうが珍しいことじゃない。抵抗も感じていない。そうじゃなきゃ明日吹く風にだって死ぬんだから。
誰もが嫌な顔をして陰口を言うんだとしてもぼくには降る花が見えるし、それはやっぱりあの青をしていた。少なくともぼくは信じている。適切な言葉が見当たらないんだ。あなたは、いらないよそんなものって言う。違う、ぼくのためだ。ぼくの放った言葉であなたの名前が決まるんだ。
これは欲求の芽生えだね。
正直に言おう、誰にも渡したくない。あなたを、誰にも、渡したくない。
認めることはみすみす呪いにかかるということ。ぼくはそのとおりの思いに苛まれるだろう。だけど誰も信じないのならぼくが口にするほかないんだ。あなただって信じないのなら。
青い封筒は増え続け、ある日いっせいに空に散る。ぼくのつたない輝きがその一瞬に溶けてしまうよう、祈っている。

3+

【小説】かつて星屑だったもの

汽車はずっと走っているのに、夜ってこんなに長いんだ。
「まるで誰かさんの言い訳みたいだな」。
そう呟いたら狸寝入りから飛び起きて「いえいえ、そんなことありませんよ」ってむきになる。
でも昨日のおまえは?
という質問には咄嗟に言い返せず詰まったあとで改まり「あれはですね、仕事」「ふーん?」「仕事の一環。そう、演技なの」「へーえ?」「そう、だってそれが仕事だから!つくりもの。まがいもの。ね、私情は一切はさんでません。ね、分かりますよね?分かってて言ってんですよね?」、こっちが黙ってるとおまえはどんどん早口になってしまいには泣きそうになるから大の男がやめとけよって慰めてやる。
おまえを選ぶ奴なんていくらでもいるだろうにどうしてこんな意地悪な年上なんかに惚れるかなあ、我が恋人ながら残念だ。もったいない。
「もったいないなんて言わないでください、おれのほうが、おれのほうが、ありきたりの人間なんですから」。
そう言っておまえは座席のリクライニングシートがきしむぐらい全身でのしかかってくるから一発殴ってやった。
小さく息をついてもう一度窓の外を見れば、さっきまでふたりがいた街が光の数珠になって、ぼくたちが捨ててきたものの多さを考えさせる。考えられないからしばらく目を閉じた。だけど光は追いかけてきて、顔ごと背けた。そしたらたぶん良いように解釈したおまえがへにゃへにゃとだらしなく笑った。
(こいつ、ほんと、ばかなんだなあ。)
ある程度の距離まで走ったらおまえを駅に置いて別れるつもりだったけど突如としてぼくの心理を読み取る能力を身につけたおまえに感づかれて阻止された。
今は手首に冷たい手錠。
もう片方はおまえの手首。
鍵はおまえの内ポケットの中。
用意周到にもほどがある。
本当はもっと別の使い方を予定してたんですけどねえ、って悔しがる変態。そんなのおまえ次第だろうが。囁けば耳朶まで真っ赤になって大声で返事をする。
なあ、終わりの気配を感じているのはぼくだけなんだろうか。さんざん馬鹿をやって眠った男に質問を浴びせていると涙が出てきて、またも狸寝入りのおまえに気づかれる。ただし今度は目を開けないまま、ぼくの頬の濡れた部分を正確になぞるから、もう何も怖くなくなってしまう、本当、だめな大人。ほんと、だめな、逃避行。
ぼくたちは光の鎖を断ち切って、無名になれる居場所を求めている。
だけど思うんだ、居場所なんか他所では見つからない、今いる場所がそうなんだから。思うんだ。おまえがいれば、そこが居場所なんだ。少なくともぼくにとってはそうだ。
光の尾を引く願いにも似た祈りにも似た思いが気づかれないよう息をひそめる。
いつだって大げさな男はこんな時だけは何も言ってくれない。
ぼくはこうして人間になっていく。

1+

no.328

きみのあいしてるはいつだって
永遠のさよならにきこえた
これきりだっていうずるさがあって

まるで引き裂かれるみたいだね
本当は離れていくくせに
わがままを演じて記憶に残ればいいのかな
聞き分け良く応じたほうがよかったかな

そんなことないよ
ありがとう
これからもずっと
ずっとずっと一緒だね

ありえないから頷けた
好きだから喧嘩もできた
ひとりでいる時間
きみのことを考えてどんどん陳腐になる

満月が音を立てて溶け出す
おそろしい夜だ
あの雲の向こうに誰かがいて
それは基準のない悲劇をさがしてる

逃げて!
(どこからどこへ?)
つかまらないで!
(だれがだれに?)

金木犀の香りをたどったなら
出口がみつかるなんて保証はない
だけどそう信じて走り続けていれば
少なくとも手は離さないでいられる

愛情はいつも何かと引き換えで
だからこれは代償で
かなわなかった大切なひとを犠牲にして
何百粒という涙が朝焼けを薄めていく

さあ
もう一度目隠しの世界だ
邪魔が入ることはない
ぼくたちは名前を預けた

すっかり馴染んだ背中合わせの状態から
約束さえせずばらばらに歩き出す
途方もない賭けになったとしても
奇跡を信じるよりかは随分と正気だ

2+