2017年 11月 の投稿一覧

no.346

朝が来て橙をひけらかす
乾いた涙の行方は頬も知らない

きみに、
きみに生きていて欲しくない。

白い鳩が目線の先を旋回する
繰り返しに怯えない魂は
逸脱するたびに蘇生させられる
命の貴重性は本当の理由にならない

冷めた目に映した世界で
きみの叫ぶ理由なんかほとんどないんだ
意味の作成と再生産
盗作されてレプリカが輝くだけ

半分ずつ引き上げられる音階
美しいなんて言わないで
ぼくには見えなかったもの
そのために生きようとしないで

陽は沈む
夜は分断される
道は続く
祈りはつながる

それだけを覚えていて
それ以上でぼくを満たさないで

2+

no.345

心がいっぱいになりそうな時、ぼくはいつもまぶたを閉じるようにしている。そうして自分をちいさなコップにしてしまう。好きなものでも嫌いなものでも多過ぎるとあふれちゃうんだ。ぼくはどこまでもひろがる無限の宇宙じゃなくてほんのひとり分の庭だから、手入れのできる数の花にしか咲き誇れよとは言えない。たまに垣根越しに大きな瞳がこっちを見ながらよぎることもある。彼には彼の庭があるんだろう。そしてそれはぼくのものより大きいかも知れない。きっとそうなんだろう。だけど彼にだって限界はあるはずでそれをちゃんと守っているはずなんだ。甘いまやかしはマカロンみたいな多重構造でぼくたちの大切にしている思い出を脅かそうとするんだけどちゃんと戦略を立てて挑みたい。蝶々に姿を変えられたあの巡査が木陰で休んでいる。羨ましい日もあるよ。あなたの生きた時代をぼくは知らない。あなたの声が、耳に残っているだけ。あなたに流れた血が、ぼくの内側にも流れているだけ。愛なんて知りたくなかった。それにまだ名前がついていないあいだ、どれほどぼくは自由だったろう。考えても仕方がないことだけれど。終わりさえ飲み込んだ夜が始まる。迷子のかざすランプだけがこの世の光だ。誰もどこにもたどり着かないという公平が朝の出番を遅らせる、これからは長い夜だ。

2+

no.340

あかりが一つあるだけの駅
フレアスカートのような光が
行くあてのないことを教える
他は一縷の道筋も見えない

暗い部分にあるものを
得ようと出かけた仲間の消息
残されたラジオが何も告げないのか
ぼくが壊したせいで何も届かないのか

ただの迷子ごっこだよ
いつか漫画で読んだことがある
これはぼくが選んだ展開
つまり望んだ状況

線路が震えている
音が次第に大きくなる
魔法のように現れて
ぼくは目がくらむ

フレアスカートの
外に隠したきみの遺体
その手からもぎりとった乗車券
何食わぬ顔をして車内へ踏み込む

きみの目が鈍く光っていた
置き去りにされること
知っていたんだ
分かっていたんだ

空いている席に腰かけて
しばらくすると涙が出た
じきに止まって乾き始めた
窓にぼくは映らない

どこまでも
いつまでも
だれとでも
なんどでも

きみに雪が降るだろう
柔らかく厚く積もって
やがて結晶になる
いつかのぼくみたいに

1+

no.339

怖かった?
ねえ、怖かった。
それはどんな色をしていた。
どんな形、手ざわりだった。
まわりの人はどんな表情をしていた。
それから、きみは。
きみは、どんな気持ちだった。

広場には笑われながら踊るピエロ
向かいには生まれつきのプリマドンナ
ぼくには見える
ヴェールに匿われていた姿が

怖かった?
ねえ、どんなにおいがするの。
どんな声を上げるの。
誰かの名前を呼んだり、祈ったりするの。
彼らはきみを睨むの。
それとも命乞いを?
きみは、怖くなかった?

騒がれてはいけなかった
カナリアの喉を締めた
ぼくにあの音楽を聴かせないよう
だけど死んでまでぼくから逃げないよう

怖かった。
ああ、とても、怖かった。

ハンバーガーを包んでいた紙より軽いんだ
食べ損ねたフライドポテトより柔らかい
その時どんなに綺麗な夕焼けだって関係ない
みんなの神さまはいつも遅刻をする

どうして消えないか
どうして消えてなくならないのか

ぼくの行いは後世の娯楽になるだろう
きみの詰問まで含めて
すでに誰かの物語を生きている
ここでは詩だって読み飛ばされる台詞になる

ご冥福なんてあるわけない
葬いは参列者の井戸端会議
念入りだった化粧を落としたら誰ももう
ぼくを捕まえられず罪は贖われることがない

2+

no.338

僕の大切な人が大胆な事件で窮地に陥った。夢を叶えた秘密基地を捨てて夢にまで見た逃避行だ。この街のビルは高くて細いから路地がたくさんできていて全部違うところへ繋がっている。満天を凌駕するネオンの破裂に食べ物の匂いとぬるい息遣い。視線でつくられたネットワークが家畜を囲って花は静かにほころぶ。僕たちはべつにここでなくても良かった。毎日眠りに落ちる前に口ずさむ歌の中にあるような、青い森の出口にある村でも。辺り一帯暗闇で肌に文字を書いて感情を伝え合う世界でも。限りあるものを平等に分けようとして僕たちはしばしば失敗をした。それなのに燃えない本がいつまでも生臭い理想を掲げるから成長しないったらなかった。こんな時間、壊したって何になるの。こんな命、守ったくらいで何になるの。伸び切った前髪が風に吹かれて瞳の色が見えないまま、僕たちは通じているかも分からない言葉を飽かずに投げ合った。迷いたくなくて握りしめた手が、いつか鬱陶しいものになる日まで。僕は、僕だけは、大切な人をちゃんと最後まで食べてあげたい。

3+

no.337

ブランケットの波間で目を覚ます。感覚がひとつずつ目を覚ます。オセロのように消えていく思い出のようなもの。透き通った色。音のような色。ぼくはずっと昔、こうすることを許されていなかった。たとえばの話。仮定。今を幻だとする作業。ぼくはずっとあとになって知るんだろう。何も不足はない。何も悲しんでなどいない。きみには分かってほしかったけど。もう何もいらないと気付いたんだ。きみの理解でさえ。どうしてそんなに強いのと問いかけられる。たぶん逆だよとぼくは答える。自信なさげに、あるいは、淡々として。だって逆なんだよ。ゼロからマイナスになる恐怖に負けたんだ。ぼくはね、きみの思っているよりずっと確実にからっぽなんだよ。「へえ、そうかな?」。二つの眼球が液晶画面にくぎ付けになっている。でもよく見るとその瞳孔は微かに変化を続けている。セラミック越しに重なる世界。閉ざされた離島での実験。手のひらに丸まっているサテンのリボン。破裂した青が空を染めていく。ねえ、なんだった。ぼくたちの住んでいた番地。学校の名前。足を引きずっている男。何を選び取って何を捨てたんだっけ。今は実験のさなか。割られた鶏卵からぼくのずっと捜していたものが転がり出てきた。悲鳴ひとつ響かない。こんなこと、再生するまでもない、一度見た映画のように知っていた結末だよ。勝手な妄想だって一言で片づけてしまえばいいんだ。

3+

no.336

誰にも負けないくらい好きなものなんてない。その気持ちで負けないくらいのことなんてない。だから始まらないんだと思ってた。だけどそれは始めないことの言い訳だった。ぼくには欠けているものがない。羨む他人さえいる。べつに不自由はない。不便もない。きみは嘘が下手だ。少なくともぼくにとってはわかりやすい。だから本心は見えているのに、ぼくのすべてを使っても暴けないなんて。でも手品師になれない。何より誤解をされたくない。逆に暴かれて拒絶もされたくない。今まで欠けているものはないと思ってた。それはそれで間違いではない。でもきっと気づくものなんだ。何が足りなかったか。何が欠けていたのか。気づかないままなら幸せだったと思う、まさか。そんなことはない。だけどこの状況を怖いとも思う。ぼくは助けの求めたかたを知らなかった。どうしていつも悲しい顔をしているの。きみがぼくに声をかける。もったいないよ。せっかくきれいなのに。初めて自分を汚いと思った。初めて自分を醜いと思った。何もないと。何も持っていなかったと。夕陽がきみの眼の中でとろけている。この恋の結末がどうであれ、その光は永遠にぼくに味方する。

2+

no.335

まあいいか、しかたがないな。そう言って欲しい。パレードの帰り道。きらきらを避けて歩いた。星を殺さないように。ひとつひとつに命が宿っていると仮定して。ぼくたちさみしい大人になった。神童の影。いくつもの言い訳に守られて。黒い瞳が地平線を探してる。行けもしないどこかの話は尽きない。硬直した伝書鳩の亡骸。始まらなかった戦争。左手に提げたビニール袋の中の生暖かな劣情。後戻りできないよう共有した秘密がいつかふたりを引き裂いてしまうものだとしても。そのためにこの秘密は生まれたのだと言おう。他に方法はなかった。間違うことでしか前へ進めなかった。喝采が今も耳に残ってる。途方に暮れていることを隠さないことだけでつながっていられる。嘘だらけでも生きていけるのは虚しさを繕わなくていいから。廃線の駅が近づいてくる。どちらも何も言わないのに、そこを過ぎたらもう振り返ってはいけない。

4+

no.334

泣いている
何もできなくなりたくないって
どこにもよりかかったりしたくないって

きみのせいで
きみのために
ひとりで立っていられる人になりたい

やさしさよりも
あたたかさよりも
それは今のぼくに必要なこと

雑に呼吸してきたから息切れが止まない
ここからやり直そうなんて虫が良すぎる

たいせつなものを手放せないの
信じていないからだよね
消えてなくなったりしないのに

それは今のぼくに必要なこと
そこにきみはいなくてもいいと
ふたりが知って頷くこと

トーストにピーナツバター
どれだけぬっても怒る人はもういない
だってキッチンはもぬけの殻

シュガー
サフラン
ケセラセラ

それは今のぼくに必要なこと
それは今のふたりでは抱えきれなかったこと

2+

no.333

ぼくは一冊である
きみに読まれる
ひとつの詩
一冊の本

きみの時間を食べます
いのちを蝕みます
ぼくといるときみは
他のことを忘れてしまう

ぼくには血が通っていない
きみが読んだときに
ぼくは生きることを始める
きみの血になって
きみと生きていける

教室の隅で
まっくろな瞳で
さみしさを忘れて
西陽で少しまぶしそうだった

きみの手はぼくを支えた
熱い涙がこぼれていた
ぼくの内側からは決して出ることのない

それはどの本に書かれている
傑作より純粋な一つの結晶
きみがつくった初めの詩
死なないぼくには絶対にできないこと

4+