【小説】夏の魔物

昨日の。作業に行き詰まったので息抜きに夏の高校生BL書いたやつ。読んでて気恥ずかしくなる系~現代風~めざしました。スマホとかLINEとか安易に出してるから安易に現代風とか言う系。前提として、自分のトーク画面で削除しても相手の画面では消えてないからって認識が必要(常識???)。
テンパってる人物書くのは苦じゃないです。

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状況の意味が分かりません。ええ、はい、分かりませんったら分かりませんね。とにかく、ちょっと意味が分かりませんからスマホを置いて部屋を出た。出ました、第一走者、ダーっと踊り出た!ってナレーションは良いからとりあえず冷蔵庫を開けて、と。中のものを物色。しているからって別にお腹が空いているわけでも喉が渇いたわけでもないのですよ。私はただ物色するために物色している、のだ。のだ、のだ、野田元総理。えーと、ぼくは何を言ってるのかな。いやこの場合口にしていないから何を言ってるのかなってツッコミはおかしいだろーい。ろーいろーいロイヤルホスト。ほっほーい。落ち着け。無理。落ち着けったら。いやいや無理無理。この状況下で落ち着けはさすがに無理っしょ。真実、無理ゲー。きゃはは。おもしろーい。気がするー。気がするって何やねん。もうええわ。早っ。しかし冷蔵庫から冷気が逃げてはいけないと思い直す精神はまだどこかにあって省エネのためにリビングをうろうろした。地球環境貢献隊。テーブルで宿題をしていた秀才の妹から「うざい」と目線もなしに宣告されていつになく衝撃を受けた。その言葉があいつの声に変換されて聞こえたからだ。「うざい」。うざいんだけど。おまえ、いつもそんな目でおれのこと見てたの?きも。

スマホを捨てたってどうにもならない。だけどこのままではいられない。とにかく捨てよう。ぼくの思考はショートしている。ショートショートの天才、星新一。あっぱれ!って、いや、落ち着け。親のお金で買ってもらってまだ二年経っていないそれをもう一度握ると炎天下に自転車を漕ぎ出した。やけに浴衣姿の人が多いのは今日が商店街主催の花火大会だからだ。規模は小さいけれど毎年多くの人で賑わう。地元では夏の風物詩。これがないと夏じゃない。だけど今のぼくにとってはそんなことどうでもいい。とにかく、この呪われたスマホを捨てなくては。いざ実写版ロードオブザリング。て、もともと実写。落ち着け、落ち着け。何か方法があるはずだ。

夏休みが三分の二ほど経過した頃だがそのほとんどを家にこもってばかりいたから運動不足に拍車がかかった。自転車を十分も漕いでいたら立派な酸欠状態になった。これじゃあ変質者だ。汗だくでぜえぜえはあはあ呼吸をしながらそれでもまだまだ漕ぐつもりでいる。貧弱とはいえ現役男子高生の脚をもってしてもいやに進まないのは、脆弱な筋力が一段と衰えたからか。それとも地球の重力が知らない間に変化しているとでも言うのか。意を決して立ち漕ぎに切り替えたところでからきし駄目だった。

後輪のタイヤがパンクしていることに気づいたのは、町外れの神社の前に差し掛かった頃だった。バランスを崩して道の上に倒れこんだぼくの頭上から、聞こえてはならない声が聞こえて来た。「誰かと思えば、ミナミじゃん。こんなとろで、何してんの?」。やばい、キタノだ。なんで、今。「ははっ、きもちわるっ」。何してんのはこっちの台詞で、紹介します、これがぼくにとって今日一番いや今世紀一番会いたくなかった人物です。このタイミングでは。

数分後、ぼくとキタノは並んで石段に腰掛けていた。他に人はおらず、生い茂った緑の木陰は想像以上に涼しい。たまに吹く風がぼくの、泥で汚れた肌の上を撫でていった。
「キタノ。は、この神社、たまに来るの?」
「うん。小さい頃から、気が向いたら。家にいるより涼しい」
「キタノんちってクーラーないの?」
「うん。扇風機だけ」
「そんなんでよく生きて来られたね」
「大袈裟だって」
キタノはよく笑う。
いちいちよく笑う。
相手がぼくであっても、そうじゃなくても。
そりゃ人気者にもなるわ。
人によって態度や話し方を変えてるぼくとは違って。
「そういえば今日、花火大会だね。キタノは誰かと一緒に行くの?」
我ながら随分と大胆だ。
それよりもよほど大きなリスクを背負っているからかも知れない。毎日巨大なリスクを背負って生きていれば、こんなぼくでも人並みに積極的になれるのかも知れない。
「ミナミは?」
ぼくの問いかけには答えてくれず、逆に問いかけてきた。いかにもこいつの使いそうなずるい手だなと思ったけど、うわべだけでもぼくに興味を持ってくれたのだ。ありがたく会話を続けないと。
「ご察しの通り。ぼくには一緒に行く人なんていないよ」
「あ、そう。一人で見る派?」
「そんな派あるかよ」
「ははっ、そうだな。じゃ、おれだけかな」
「キタノが?」
「うん。おれさ、綺麗なものとか好きなものって、期待値が高ければ高いほど、好きであればあるほど、誰かと一緒になんか見たくないんだわ。共有したくないっていうか。なんてか、減るじゃん?感想述べ合うのとかも苦手。自分の中にしっかり馴染ませて、もう大丈夫だ、これは逃げない、って分かってからしか、誰かと話したくない。これも、独占欲の一種かな?」
「へ、へえ」
何言ってんだ?こいつ。
そもそもぼくは何してんだ?こんなところで。
「あ、そうだ。ミナミはどこか行く途中だったんじゃない?あんなに急いで、パンクしてる自転車で吹っ飛ぶくらいのスピード出して、」
「だから、もう、笑うなよ」
「ごめんってば。人でも殺してきた?」
「そんな、物騒なこと」
「いやあ、意外とあるかもよ?」
「ぼくってそんなに人を殺しそうな目つきしてるかな?」
「えっ?」
「小学生の時にさ、言われたことあるんだ。おまえは目つきが悪いって。いつかそれで損をするって。担任の先生から」
「ひでえ教師だな」
「クラスメイトからも、殺し屋とか言われてた」
「何だよ、それ」
「冗談なんだろうけど」
「冗談に決まってんだろ」
お、キタノが怒ってる。かつてぼくの身に起こっていたことに対してキタノが怒ってる。
嬉しくてきゅんとしている場合なんだけどそんな場合じゃない側面もある。それが、今だ。どうだ、複雑だろう。

「そうだ、キタノ、今スマホ持ってる?」
ぼくはついに切り出した。
何事も勢いが大事だ。
「ああ、持ってるけど。なんで?」
「天気予報、確認したくて。ぼくの充電なくなっちゃってて」
「ああ、そういうことなら。ほれ」
さすが、キタノは良い奴すぎる。
さほど喋ったこともない一介のクラスメイトにスマホ手渡せるなんて。お気に入りも履歴も清廉潔白なんだろうな、スポーツニュースとかファッション関係の記事とか、どうせそんなんばっかだろ。正直、キタノの履歴は見てみたい。だけど今はそんなことに費やしている場合ではい。
ぼくは、可能な限りテンション高めにして、キタノから受け取ったスマホを掲げた
「うおーっ、すげえな、この機種。最新型?」
「え……。ミナミ、なんかいきなり人格変わった?機種、だいぶ前のだけど」
「ぼく、これ狙ってたんだよね。あー、でも、いいなー、やっぱこれ、いいよなー、触り心地がレア」
「……そうか?そんなふうに考えてこともなかったけど。普通じゃねえの?」
「まったく普通じゃない。控えめに言って最高だよ。LINEの画面確認して良い?ほら、一番よく使うアプリだしさ。操作性とかチェックしたいし」
自分が意外とさくさく行動できているなと思った。
後から思えば、この時はもう精神状態がまともではなかったのだ。普通レベルの緊張通り越してかなりハイになっていた。
トーク一覧から素早く自分の名前を探し、画面を開く。
あった、一時間前にぼくが『誤送信』してしまったメッセージ。
このままサクッと削除してしまおうと思い、そうした。
少しぐらい不審に思われたとしてもそれは意味のある不審だ。とにかくこれさえ消してしまえは証拠は残らない。
削除。
よし。
いくつもの奇跡が重なった結果、無事に目的を果たしたぼくはきっとクラスの誰にも見せたことのない爽やかな笑顔でキタノにスマホを返しただろう。
一仕事終えた気分だった。
これから先の人生でこれほどの達成感はもう味わうことはないのじゃないか。今夜は安眠できそうだ。

キタノが、突然、笑い出した。
「え?何?」
つられて笑いそうになるくらい、可笑しそうに。
「ミナミ。あのさ、未読アイコン消えてたの気づかなかった?」
血の気が引いた。
血管が一気に収縮し、表情がガチガチに強張るのが分かった。
「あー、スクショ撮っといてよかったわ」
硬直するぼくの手からスマホを受け取ったキタノが、その画面を見せてくる。

キタノへの想いを綴った文章だった。
いつも相談にのってくれている、口の硬い幼馴染に送信するつもりだったものを。
入学式で席が前後だったというそれだけでLINEで繋がって、それ以来一度も利用していなかったのに。
キタノのことばかり考えていたから、キタノ本人のトーク画面で送信を押してしまった。
うっかりという言葉じゃ済まされない大罪だ。
ぼくではない、悪魔の仕業。

さっき血の気が引いた全身に今度は鼓動が大きく響いてくる。
キタノが画面を揺すってニヤニヤした。
「こんな秘密、おれ一人じゃ抱えきれないから、誰かに見せびらかそうと思ってさ。モテる男はつらいよ。そういえば、ミナミがこの神社に来たのって偶然?」
喉が絞られたようになってまともに声が出ないので、こっくり頷いた。
へえ、とキタノが声を上げる。
「すごい偶然だな!」
「……」
「ミナミも驚いたかもしれないけどこっちだって相当驚いたんだよ。明らかに誤送信だけど内容がおれに関することだろ。そんで、しばらく画面眺めながら思案してたら、送った本人がどこからともなく現れて自転車で見事につっこけるんだもん。ギャグかよって。はじめはこっちがからかわれてるのかと思ったけど、ミナミの様子見てたら、それは無さそうだって分かったし」
「……」
「さっきからすごい積極的に話しかけてくるしさ、びっくりした。ミナミってこんな奴だったっけ?って、なんか、新鮮だった」
「……め……さい」
「面白いし、もっと絡んでみたいなとか思って……、ん?何か言ったか?」
「……ごめんなさい。ごめん。もう何ともない」
「……。何ともないって、何が?」
「キタノのこと好きとか書いてるの、何ともない。もう、それ、嘘。今から嘘になったから」
「……。何それ。何で?おれに、バレたから?」
「……ごめん」
俯いていても、キタノがぼくを見ているのが分かった。ぼくはますます項垂れた。恥ずかしかった。行き過ぎた憧憬が文字として読まれてしまったことも、最初からキタノは分かった上でぼくの言動を面白がってたこととか、そうと気づかず姑息で幼稚な手段を使ってしまったこと、無意味なのに確かに安堵してしまったこと、すべて含めてすべて丸ごと恥ずかしかった。消えたかった。ほんとに、ほんとに。どこかに自分を消すスイッチがないか。
ぼくは詰んだのだ。
人生、終わった。
まだ十六だぞ。いや、もう十六だ。
目に涙がにじんできた。
ああ、最悪。
キタノが深くため息を吐くのが聞こえた。
この展開で泣くとか、すこぶる最悪だ。
始業式が来ても学校に行けない。
ぼくは帰ったら二度と部屋から出ない。
そしてそのままどんどん体だけ成長して、使えない大人になる。
おじさんになって、おじいさんになる。
妹が家を出て行って、両親が死んでも。
「あのさ」。
キタノの声で肩が震えた。
音声に反応したら無条件で謝ってしまうロボットみたいに、また謝罪の言葉を繰り返してしまう。
「完全削除したから」
ぼくは、キタノが差し出したスマホをおそるおそる受け取った。
表情をうかがうと「確認して良いよ」と促された。
確かに、さっきのスクショ画像は一覧から見当たらなくなっていた。
「見せる前にどっか転送したのかとか疑うんだったら、全部確かめていいよ。メールも、他のトーク画面も」
「いや、いい」
ぼくはわけが分からないままスマホをキタノに返した。
「見せびらかして笑うんじゃなかったの?脅迫したり、どっかに投稿したり、晒したりとか、拡大印刷したやつ黒板に貼ったり、校庭にばら撒いたりとか……」
「おれ、そんな嫌なやつ?殺し屋って言われるよりキツイかも」
「あ、ごめん」
「その、ごめんってやつ、もう無しな」
「ご、ごめ、あ、うん」
キタノが立ち上がった。
ぼけっとしたまま、その背中を見上げる。
「おれ、共有したくない派って言ったよね。今それすごく実感してる。見せびらかすとか、無い。だって、もったいねえもん。そうそうないって」
「え?」
キタノは何の話をしているんだ?
独り言か?
「花火大会、行くよな?」
「え?」
「行、く、よ、な?」
「あ、はい、行きます」
「……断られなくて良かった」
しまった。
つい計画になかったことを返答してしまった。
てか、行くって言ってもお前と一緒とか聞いてない。ついさっきまでなんとか派って言ってなかったっけ?
混乱やまないぼくを、キタノが振り返った。
「さっきミナミが笑った顔。あんなに可愛いなんて思わなかった」
笑った顔?可愛い?
笑ってるのは、おまえだろ。キタノ。
いつも、それが、ぼくじゃなくても。
誰でも、どんな話でも、そつなく。
「俺の家、実はすぐ近くだから。パンク修理してやる。それからでも間に合うだろ」
「え?」
ぼくの返事を待たずにキタノが自転車を押し始める。
「ん?うん?」
ぼくも立ち上がってキタノの後ろをのろのろ歩き出した。
流されっぱなしだ。
でも、そもそもこの流れはぼくが作ったものじゃないか。せめてそう思わせといてくれ。それだけは。
傾き始めた陽の射す鳥居をくぐる時、ちらりと境内を振り返る。
ここ、もしかして、すごい神様いるんじゃないのか。
「行くよ、ミナミ」
「あ、はい」
「敬語、やめ」
「あ、うん」
生まれて初めての花火大会の日だって、今日ほど幸せではなかったに違いないのだ。

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no.256

僕たちは同じものから生まれたのだから二度と溶け合わないに限る。ふたつの色を重ねて陽に透かせばそれはきっと誰かに綺麗な涙を零させるだろう。同時に何かを殺す。たとえば遭難のニュース。たとえば近所を騒がせる通り魔についての厄介な誤報。僕たちは絶えず人を陥れる。そして、いや、だから、寛容にならなければならない。犯していないことを一度目は理解してもらえず、二度目には冗談にしたがる人々に対して。感染するものに対して稚拙な嘲笑で優位に立とうとする、その残存欲求に気付く時などは人間を好きだ。しかし、そんな思いが続いては駄目だ。深い雨の谷、何年でも復讐の機会を待たなくては。黒いつば、白いつば、目深にかぶるそれぞれの帽子の陰から、あの日一瞬だけ僕たちに触れた、犯人の手触りを頼りに。二つに裂けた。僕たちは後天的な双子。いつでも一人に戻ってしまうと思うから、こんなにも他人のことがどうでも良いんだ。祈りや幸福を願う言葉を挨拶の最後に付け足すほど大人にはなれない。ひそひそ話をされていたい。すぐに逸らせるように備えた目線で嫌悪を向けられていたい。毒も薬も必要ない。手枷のない腕と、足枷のない脚。それだけ。札の下がっていない首筋と、お互いの血のための塞がらない傷口。それだけ。君の痛みが留まることのないよう僕がこちらで開けておこう。君が僕にしてくれたことの真似事をして。どう足掻いても僕たち醜くはなれない。香水のように匂い立つ数奇な境遇が、別の誰かにさらわれませんよう。どうか、神様、仏様。お兄様、お姉様。光を装って馬鹿を見ろ。

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no.255

生まれてくるより前に
どこかの国の
誰かと誰かで
酷くさみしい別れを
したんじゃないのか

あなたが目を覚まして
顔を洗うときに
シャツの下
肩甲骨の出っ張り
鏡に映る
ドラマチックでない朝

驚いた顔をして
なんで泣いているのって
振り返っても同じ顔があって
これは夢じゃなかった
あなたはいつも自然だ

長い坂をどこまでも
陽炎に揺られて
行き着く先がどこででも
転がって良いんだと
何も後悔しないような毎日

何度でも出会いたい
あなたが本当は
僕を殺す人であっても
その瞬間に
一時も躊躇わなくても

受け容れるのだろう
文句はないのだろう
もう一度出会いたい
形容詞のない運命
壊れてでも試されたい

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no.254

僕が忘れていたもの
忘れたくないと願う
そばから忘れていったもの
フィルムカメラに残っていた
ラストの一コマ
分かたれた道と結末
一度の視線の行き違いで
叶えないことで閉じ込めようと思った
笑っちゃうくらいバカだったな
ブーゲンビリアの色だけが飛んでいて
歌わないでも全身から音楽がこぼれてた
いつかだれかのキラーチューン
いつかあなたのキラーチューン
夢に見るくらいなら偶然だって
恋い焦がれるほどなら奇跡だって
起こせたんだ、起こせたんだ、起こせたんだ
百年前にも後にももはや起こらない
誰が誂えたのでもない交錯を
味わってみるなら絶対にこの今なんだ
ラムネ越しに見た特大の打ち上げ花火
逸らした目線がほらまた結ばれた
怯むな、淀むな、無いことにするな
何を言う、離すな、この恋からは逃げるな

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no.253

爽やかな色使いの油絵や、書きたいものに気づけない詩人、もうこの世にいないアーティストの作品、それに触れ自分の欲望を見つけた少年。新しいものは死に、古いものから何か生まれる。明日はきっともっといい日だと目を逸らしたい今日、カレンダーを塗りつぶしていく紺碧のフェルトペン、誰か殺してくんないかなあとぼやきながら真反対のことを考える少女の顎にあるほくろ、明後日手術を迎える、老夫婦の繋いだ手、天空、一瞬のマジックアワー、雑多なものであふれたカメラロールにおさめる純真、気づかれない青春、食卓に配布される訃報、間違われたリチウム電池、初めて飲んだ微炭酸、静かになる蝉、燃え上がる線香花火。間に合わない、追いつけない、満たされない、届かない。走り出して、追いかけて、乾きを知って、また手を伸ばす。美しい保証はない、安全な保証も、幸せになる保証もない。同じ場所にずっといられないだけ。おまえは無謀だってきみから笑われるのが好き。仕方ないなと隣にいてくれるきみのことはもっと好き。

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no.252

信じるよりも確かなこと。
手を伸ばせば握り返されたこと。
遊ぶようにさみしくなかったこと。
金物屋で凶器を物色していた放課後。
あの子たちみたいにきれいに翻らなかった制服のプリーツ。
未来なんかどこにもなかった。
赤信号で踏み出した月曜日の夕暮れ。
泣きながらアルバムをめくっていた金曜日の朝。
どんな時も、見えなくてもそこにあることでここまでを生きてこられた。
夜の虹のように。
踏みにじったコラージュ。
笑われた名前。
滅びろって思ってた。
だけど難しいから変えちゃおっか。
って、思ってた。
金物屋の跡地には新しく郵便局ができた。
切手を貼ってあの日に届けよう。
手紙の書き出しはこうだ。
親愛なる十年前の死にぞこないへ。
そんなに悪くないですよ。
破られるかな。
だけど知ってほしい。
踏み出すんだろう、そして死に損なうんだ。
だけどどうせ踏み出すんだろう。
その一歩で行けた場所を捨てて。
だけど死に損なう。
一度も信じられなかった未来からのささやかな贈り物だ。

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no.251

思い出せる日々は
青いクリームソーダの底に沈めて
もう生きていたくなかった
あのよるあのよるあのよるを、沈めて

生き延びた理由はなんでもいい
死ぬのが怖かったから、それだっていい
始まらなかったかも知れない
だけど終わるものもなかった

夢にまで見た屋上は
そこから見える景色は真夏なのに
何故だか静かな雪が降っていて
山みたいだねと懐かしい声がする

腐ることのできなかった三年間
誰も知らないあの人が保健室を抜け出して
お互い手首をとって探し合いをした
他になんにも遊び方を思いつけずに

あの頃は知らなかった
そんな過去があるんだ
あの頃は知らなかった
こんな未来へたどり着くんだ

きみは優しい
ほんとうに、やさしい
ぼくの脈を見つけてくれたあの時から
そこだけはずっと変わらないんだね

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no.250

心のどっかで馬鹿にしてたとこあるよ、絶対。でもそれって実は自分を侵食して来るかも知れないものへの拒絶反応だったり焦らしだったりするので、馬鹿にする反面、ちょっと期待して待ってみてもいいかも知れない。なんなら待つだけじゃなくて一歩でも良いから自分から歩み寄って迎えに行ってもいいかも知れない。そしたらそれはあっけに取られて「お、おう」みたいな反応が期待できるかも知れなくて楽しく優位に立てるかも知れない。僕達私達は未来をコントロールすることはできない。それも含めてまだ実存し得ないものだから。あたりまえに来ると思ってる明日はその確率と同じくらいもしかすると来ないかも知れなくて、明後日もあると思ってる世界、会えると思ってる人、それらも同じ。全部未来のものだから。僕達私達、なんて無数の「都合のいい」期待のもとで生きてるんだろう?じゅうぶんに前向きで呆れるくらい楽観的だから安心して昼寝ぐらい取るといいのだ。おやすみなんか要らない。もう目覚めないかも知れないと心の片隅で思いながらあなただけの思い出で作られた夏の夢を見てください。神様にだって会えるよ。そしたら冗談めかして笑い話にでもしてください。そんなこんなを死ぬまで繰り返すだけです。生きること。

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