no.113

あの手この手で
かみさまが忠告をする
やさしい子どもの姿で
つかれた隣人の姿で

愚鈍を演じること
そのまま成り切ること
繊細を匿うこと
どれも正解にはならない

仮死の夜
食べたものが臓器に馴染んでいく
郷愁に耐えかねて帰ってきた
きみはまだ泣くかな

置いていかれる心
腐敗する骨肉
光るはずのない手のひらの宝物
降り積もるはずのない真夏の夜の雪

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no.112

かわいいハートを送り続けることで
かわいくなれるんなら苦労はない
一方的であることは健気だけど
必ず報われるとは限らない、当然。

僕がどんなに好きと思っても
声に出さなきゃ分からないだろうし
声に出しても伝わらないこともあるし
伝わったとしてもかなわないかもしれない

否定の仮定で自問自答する暇はないって
みんな他人事だから親身に聞いてくれるけど
本当に助けたいと思われる価値があるかどうかって
僕自身でさえ曖昧で斜めに首を傾げてしまう

往来で魔物に出くわした時
その言い分に共感してしまうことがある時
自分の中にも同じにおいを嗅いだことがある時
眉をひそめる人々に密かに反発を覚える時

いつか同じことをしでかすんじゃないか
次は自分の番じゃないのか
善良という大義名分に守られた不躾な目に
次に晒されるのはきっとこの身じゃないのか

その時に取り返しのつかなさを悔やむとして
そうでもしなければ何が必要だったか
何に必要とされていたかあるいはされていなかったか
測る術は無い、とでもいうのか?

過去をひっぱりだしてくるまって眠る
りんご飴の艶やかさと見知らぬ人の生ぬるい掌
僕が気づいたことに気づいてどこへも連れ去らなかった人
今どこで何をしているんだろう
近い未来における僕の姿であるような気さえする

軽快な祭り囃子に脈は乱される
真顔で訴えると笑われるから先に笑う
何世紀も続きそうな集合と離散
疑問符を浮かべないことで勝敗は決する

吐き出してしまえば救いは不要と判断される
一瞬一瞬を蓄積していくまどろっこしさ
正解というものに出会ったことは無い
だからたとえすべて間違っていたとしても僕はこの思いを捨てられない

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no.111

雨雲の中に橙色の升目
ひととひとの暮らし
僕は目を凝らす
一人称の変換にもそろそろ飽きてきた

積み重ねた一秒一秒
僕はいつも笑っていた
今そのどれも手に入らないと知っている
歩く人影がこちらに気づいた気がした

体温は邪魔でしかなかった
浴槽に水をためる意味がわからなかった
いつも自分が間違っている気がしていた
誰かと比べてではなくここにいることが

一本の木を森にたとえ
点滅する電波塔にメッセージを読み取ろうとする
僕が世界にしてきたことを
世界が僕にしているだけだというのに

あたたかい食卓とぞんざいなやりとり
そのどれにも羨望を覚えなかったことはない
僕は本当にいつもそれを欲しがったけど
口は歪に引き攣って一度も言葉にならなかった

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no.110

とにかく生きていることだけが大事ってきみに言えない。新しい臨時ニュース。死者の年齢をわけもなく足していく夜。何かを足蹴にしたような背徳感。みんな同じように感じる生き物ならいいのに。不幸をつくるものは差だよ。そしてその認識。綺麗な言葉に持って行きたくない。ここでやっと終わりってきみを安心させたくなんかない。

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no.109

ぼくは誰なんだろう。どこからきてどこへ行くんだろう。どこからも来ずどこへも行かないんだろうか。マークをつけてわかりやすくしとかないと、好きってことにさえ確信がない。この問題を難しくしているものはなんなんだろう。そもそも問題はあるんだろうか。答えが出てもどこでそれが正解だとわかるんだろう。わかったとして何を証明したいんだろう。時間が過ぎることだけ信じてる。ゆうべ降った雨の中にきみが流れて行ったよ。都会に出て行ったきりもう会うこともないと思っていたきみの。青い泡に押しつぶされて勝手に呼吸できなくなったんだよね。わかるよって言われることが嫌いなきみはじゃあ何が好きかを教えてくれなかった。いま思えば教えてくれなかったんじゃなくて知らなかっただけなのかもね、きみも。ぼくも。もうすぐ終わりが来てぼくの情報は消える。当たり前扱いされてる無数の星座も今夜は早めにスイッチオフしていつものポケットに返してあげる。

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no.108

電球の切れた部屋を青い閃光が照らす一瞬
何もかも虚構じみていると思う
同居人が目を覚ました気配がする
目を覚ましながら横たわっている

感じていたのだ
ゆっくり腐りかけていた骨肉がとろけ出すのを
まろやかな眼球は先に流れ出したけれど
その他は時間をかけてまろび出る

羨ましかった者を思い出せ
それが僕のなりたかったものだ
栄養も満足に取れない
縫い合わせた口唇では

優しかった名前を思い出せ
それは案外呪いになっていたりするものだから
減るものは増えるけど
そこから書き出せる詩だってあるはずだ

惜しむほどの時間はない
想像くらいはできるだろう
間違うくらいは比じゃないだろう
何をしているのかを意識しておくことだ

光がふたりを探している
罪と罰はアンバランスだ
不在と名付けたい部屋で
死者が横切るのを今朝も見た

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no.107

いつの間にか眠りに落ちていて、ふと目を覚ましたら平日の午後、窓から吹き込む風と扇風機の発する風とがぶつかり合うところで呼吸がかすかに不自由に覚える境界、淡い光の中で読んだものがどれだけ生きる糧になるか考えたことがあるか。似ているところを探して見つけ出せた数だけ命が伸びるような勝手なルールの中で、年老いる前にここから奪われていくひとに寄せられる嘆きを、それに加えて隠しきれない期待の眼差しを、羨んだとしても絶対に口にできないときの不自由さが分かるか。裏切る自覚もないまま裏切る。ひとはどこまでも置いてけぼりにされる。土が削れる音。次の花の咲く音。歩み寄られることを拒み続けて望み通り静かになった部屋。空中を浮遊する虹色の金魚が幻であるとまだ認めたくないのにもう拭いきれない敗北感は血に似ているね。止めたい時に止められない。止めなくても死なない。順番が決まっているんだろう。どこかにノートがあるんだろう。ぼくが本当は綺麗なものを好きだと言っても笑わないで。だからきみを忘れなかったと押し付けがましく主張したって。笑わないで。もし、笑ったとしても、ときどき思い出してその時だけでも信じて。
ゆっくりのたうつ尾びれの影まで虹色だ。

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no.106

たいせつにして
たいせつにして
たいせつにしておいて

ある日突然たたいて壊す
破って投げ飛ばす
引き裂いて

それはもう、
ぼろぼろにしてしまった

汚れていないことを恥じて
掴み損ねた皺の奥に
誰も気づかないうちに

みんなのわかる方法で
誤解を承知で
正しく認識されることを放棄して

偽り通すことが生き甲斐でした
暴かれないことだけが使命でした

短い夏と長い冬でした

それは誰
それは何
今も、この今もだ

あなたはぼくを知らないでしょう

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no.105

温まり過ぎた
六月のアスファルト
見慣れた小鳥が落ちている
原型を留めたまま
血を少し飛ばせて
代わりのきかないことは
本当に幸福だったのか
他人になりきれなかったひと
繕うように思い出す
道を間違えたんだ
そういうことにして
何もかも足りなかったんだ
そういうことにしておいて
ありもしない世界に投影した
なくなることのない夢を剥いで

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no.104

モノクロの弔報が
凝固した血の跡が
存在を思い出させた

個性のないまま生まれたこと
祝福は後付けであること
確信は書面のみによること

信じないものを信じるふりをした
誰からも責められないよう
せめて溶け込もうとした
とても困難だと知りながら

行動はいつも恐怖に基づいた
些細なことも大げさなことも

顔を上げて青空を見ても
その日の天気欄は曇りだった

ぼくの見えているものを
見ることができるひとと
出会えることはそうそうない
これまでもあまりなかった

まやかしは柔らかく耳朶にふれる
初めて色づいた唇みたいに

みんなあなたを知っているよ、と言う
優しいあなたを知っているよ、と

だが忘れてはいけない
誰かを優しいと感じることもあることを
きみに示したかったんだと
つまり聞き手のきみが優しいと
彼らが本当に言っていたのはそれなんだと

何を見ても違うように感じている
わけじゃない

ぼくはおんなじ
何も変わるところのない
同じくただのごちゃまぜの生き物

きっと答えは出ているけれど
それはあまりに明確でさも正しくて
なんだって笑い飛ばせる
きみに言えていないだけ

ありもしない謎でこれからも
ぼくを知らないきみだけを
ひきつけておきたいだけ

深呼吸もできず
瞬きもできない切実さで
言葉を忘れた舌と
無いものねだりの不完全に清い体で

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