no.99

声高にでも囁くようにでも
僕は死ぬまで言い続けるだろう
ただ誤解されたくないのは
共感が欲しいわけじゃない

知って欲しかっただけ
いつでも知ることができたということを
いつだって壊せたんだということを

きみの居場所さえわかっていれば

そこだけを避けて
それだけはちゃんと護って

凪いだ海面は穏やかそうで
やがて誰も想像しなくなるだろう
誰もが忘れて事件は
二度目の悲劇に打ちのめされる
いつかひっそり玉砕をする

それが藻になり餌になり
透き通ったちいさな魚を
その尾鰭を動かすことになろう

魚は
僕の生まれ変わりかもしれない
あるいは
生まれなかった命の続きかも

なんにも覚えていなくても
誰も想像できなくても

あらゆるものがそうかもしれない
雨粒のように夥しく輪廻している

絵空事を語るからって
笑われて平気だからって
僕が一度も本当を
誰にも言ってこなかったわけじゃないよ

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no.98

体温と体温のせめぎ合うところ
柔らかな比喩を与えてもいいような場所で
境界を主張しあって本当は争っていた

何年か前に心の中で憐れんだひと
そのままで少し変わっていて
そのままで遠いところまで行っていた

組み替えたはずの経路はやっぱり
光のほうへきみを繋いでいっていてぼくは
忘却の砂のひとつに数えられもしない

許さないことは覚えておくこと
だから愛に似ているということ
何も教わらなかったのに知ってる

太陽が沈む間際にことづける
雑多な所感に高貴な審判
洗っても洗っても傷口が見えてこない

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no.97

あとからわかったことがあまりにも多いから、あぶなかったんだなと思う。誤解したまま二度と会わなかったかもしれなかったことや可能性。自分に向けられた感情の意味を知らないままつまり自分以外による自分のことをなんにも知らないまま進んでいっていたかもしれないという可能性。と同時にそれは、今や、あのときが初めてでないという可能性、というか事実、認識されてこなかった、認識されようもなかった、そう事実。裏付けのない過去。記憶されなかった記憶。断片。踏みにじってきたもの。わざと受け止めなかったもの。弱さという言葉で片付けようとしていたことが何よりの弱さだったと認めたくないがために人を傷つけるのは世間が考えるより手っ取り早くて傷の浅く済む方法のひとつ。世間って言葉を使うとききみはいつもものすごく個人的なことを喋るよねってあなたが言うからそうなんだろう。右と左で温度の違う手。死に別れた双子みたいな光と影。直視するのが怖い。ただその一言をいえないで、あなたを見ている僕を、あなたが笑っている。ちゃんと綺麗に生きている。傷つけ合うかもしれない可能性を踏まえて。同じ命のまま生まれ変われる。見飽きたはずの景色が、いっそよそよそしいほど新しい。語り合う手前の、ただ投げかけるだけの言葉。返事を拾い損ねないよう耳はいつも澄ましておく。あなたの知っているの夜がぼくの夜と交差して、一縷の光とか垂れ落ちる。まだこの日を知らない少年のぼくに。敵に見立てる相手も持たないくせに殻を築くことに熱心だった、しなやかでない幼少の日々に。

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no.96

話していないことがたくさんある
いつかいつかと先延ばしにして
ずっとそのままにしてあることが

明日降る雨のにおいがわかるの
きみが生まれる前を知っているの

気配の中でふたり
ふたり揃わない呼吸をしていた

先に出て行った方が負けだよ
よかったね、きっと
そんなわかりやすいルールなら
誰にも伝わりやすい関係なら

ぼくを透かして見るきみの世界
染まりきった一日
終わりの選べる毎日
白い貝殻に悲鳴を閉じ込めて

きもちのいいことだけで埋め尽くしたい
それはきみにとっては
だけど地獄かもしれない
そういうことなんだ

素直になるよう強いることは
そういう極論を許すかもしれなかったと
理解はできても悔やみ切れないよう
そんな形でさえここに何か残りますよう

いくつも声を閉じ込めて
貝を波へ放つとしよう
響きのない静かな暗さの中で
もう一度ぼくを名づけてみるなら

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no.95

数えるのをやめたのはいつだったか
それさえも遠い昔のようで覚えていない
しあわせなぼくたちの消し方
何度も手を伸ばしてはそこで終わった

遠く離れた肉親の近況より
毎日見ているブログの作者の愛猫が
きのう死んでしまったことが哀しい
誰に冷たいと言えるだろう

通り雨の訪れを知って飛び出した
それが猛毒であるという妄想のもとに
安全な場所から欲するばかり
本当は何が欲しいのか分かることはない

ひたむきさは必ずしも必要ではないんだ
汚い手でもちゃんと掴むひとだっている
綺麗事しか言えない口に期待はいらない
無責任な崇拝もほんとうはいらない

光の入り込む余地もない
大きくて平らな瞳
映し出すものを知られたくなくて
そんなにも誰からも隔たっているんだね

転校初日の校舎の壁の色
また明日くるかもしれない風の匂い
新しいというものはどこにもなく
古いものの集まりの中で切り込んでいく

夢や幻に向かって歩いて
その通りにならなかったとして
責めたい彼等はどこにも見当たらない
既に追憶のはるかへ置き去りにした

時効だけ頼りにして優しいんだよ
そんなにも睨むのではないよ
誰も強くなかった
それに気づいたというだけのことじゃないか

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no.94

認めたくないけれどきみは最高だ。どんなときもずっとそうだった。認めたくないけれど。どんな思い出があるんだとしても、少なくとも気取られない。そうすることに失敗するやつだっているんだ。ぼくが一度もそうできなかったみたいに。熱を、完全にうつすことはできない。何かから何かへうつすとき、そこには必ず別のものが入り込む。そもそも余地はあるんだ。異物は禁断症状を招いたり、結晶化して取り出せたりもする。リスクを取り除くことはできない。ふと我に返って手のひらに結露が浮かんでいるのを認める。言わないで。言わないで。きみにとってもどうしようもないものが、ずっと側にある。最高だけど最強ではない。不可能の種類によって人は人を選別し、悼み、愛している。

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no.93

一日の終わりに
切り取られていく
思い出が
直線の屋根と屋根が

まるでなかったような記憶
昆虫の羽根を透かして
覗きみるときに
むこう側からもこちらをみていた

なにも無くさなかったような顔で
お互いに名前を知らない
顔も見知らない
すれ違うだけだったひとびと

得意だったこと
好きだったこと
後ろも前も
上も左もない軽い世界で

幸せを語るとき
ほんとうはもう終わっていたんだ
大切なものに順序はないけれど
いちばん手放し難い季節は

挑むこともないであろう
山のいただきへ
行き着くことはないであろう
遠い星の光で

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no.92

いなければ
ぼくが
あなたの道の上に
いらなければ

よかったのに
そしたらそんなに
たくさん失うことも
なかったのかな

だけど言う
あなたは言う
失ったものはひとつもない
失ったことは一度もない

からのてのひらだから
空がつかめるという
星にも届くと
あなたは言う

ぼくの目をみて
ぼくにも笑って

それで知る
みんなのものだと
思い出す
他人のものだと

うぬぼれるところだった
また落ちるところだった

どこまでもこのままで行く
どんなはじっこまでも
ぼくはひとりで歩いていける
そのことだけは誰にも邪魔をされない

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no.91

恨みごとが
星になる世界があったなら
どんなにか
夜は明るいだろうと思う
どこまでも

幼かった夏の一日にそそがれた
たくさんの柔らかいものを返す相手
それは
もらった相手以外でないといけない
でないとそのうち枯渇するから

まだ信じられないんだ
あなたもそうだろう
そうだといいなって
思っていてごめんね
願ってしまってごめんね

たまに囁くんだ
誰ということもない
しかし誰でもある声が
いろんな音が重なった声が
まだ生きていたのって

何回か捨てたはずだった
消えていたはずだった
視線をそらすように簡単に
だけどそれは違う過去における未来
今ではなかったということ

何を防ごうとするの
愛しかたも知らないくせに
何から逃げようとするの
入り口さえくぐっていないのに

垣根のまわりを彷徨っただけ
誰かが誰かを呼んでいたときも
そんなものはないって
そんなことはありえないって
耳をふさいで
目を見開いて
こんなことは起こってはいないって

何を破ろうとしたの
向き合ってもいないのに
何が妨げたの
たいした命でないのに
誰も教えてくれなかった

指先ひとつで肯定も否定もできる
作り笑いは見破られる
美しいものはいつか消え失せる
そしてそれはあなたを置き去りにするだろう

知らないふりをしたから
優しいふりをしたから
見てはいけないものを見たから
嘘をひとつもつけなったから

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no.90

名前のない集団を抜け出した。誰にも告げずに。境界線をまたぐと、あの日割れたコップ色の空。忘れていた。だれのせいでもなく、ある日それが割れてしまったこと。忘れていた。それを持っていたことさえも。そのくせ手にした時のことはよく覚えてる。案外そんなものなんだろう。かざした手に色が染み込んでいく。それを誰も見上げない幸福。そこかしこに見ず知らず、神様の影を見る。ぼくは誤解しているんだと知る。まだ認めたがらない自分も。遠回りは何よりの楽しみ。記憶は繰り返し再生されるたびに書き換えられて今じゃほとんど、そもそも起こらなかったことに等しい。うわべだけでも繕えないところはどうしたって変えられなかった。それも知っていた。魔物は必ずあらわれる。一日一回。耳たぶを撫でる風の中から囁く。か細い直線から滴った血の中から。ひとかけらカッターで切り取って新しい夜を連れてくるよ。ぼくが向き合うきみのなかに。朝しか知らない、かわいそうなきみ。

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