no.124

いつまでも捨てられないほうがわるいんだって、そんなこと言いたくない。ほんとうは、ほんとうに、言いたくない。きみが見抜けなかった僕は明日とそれに続く次のすべてを欺いた。ときたま壊していないとおかしくなりそうになる。土の中に眠らせても、凍らせても、いつのまにか芽吹いてしまう種みたいにさ。離れ離れにしても、仲違いさせても、やがて巡り合ってしまう生き物みたいにさ。どちらがどちらを置き去りにするか、未明のせつない話し合い。暗号がじょじょに隔てて、さいごには眼差しだけが残る。それも消え去って思いだけが信じられる拠り所になる。虹色の夕立ち。みんなが、捨てるように忘れていった幼年時代が溶け込んでいるせいだよ。

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no.123

好きなものは好きなままでいい
変えられないものは変えなくてもいい
本当は終えたくないものを卒業したり
人に隠したい秘密を暴露する必要も無い
きみが嫌いなきみのすべてを
誰が認めなくても捨てられないなら僕が守る
恋や愛をしろって神様が諭すような休前日
人間になることに怯えなくていいけれど
もし怯えたんだとしても
まるごと包んで抱きしめるから

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no.122

わかっている
幸せになれた
いつだって
もう

幸せにならない
なろうとしない
自分を僕は好きだった
なってしまった

手に入らない
だけど眺めている
追いかけている
僕をずっと好きだった

日を経て鮮やかになる青
薄れていく記憶
消される人影
遠い、近い、空のつなぎ目

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no.121

新しく生まれ変わるときに脱いだ殻に夏が溜まる。余計なことを言わずただ微笑む金曜日の雑踏。甘い蜜のありか。もう二度と出会うことも話すこともないひとと、行き違ってすれ違う。誰かにとって正しいことが僕にとってそうではないことを、誰も教えてくれなかったけどきみだけは囁いてくれた。なまぬるい風の中で突然に泣き出すときのえもいわれぬ快感。砂糖漬けの花びらが舌から溢れて踏みにじられていく。次々に生まれて次々に狂っていけ。いつか何も欲しくなくなる時がくるから、摩天楼に向かって許してって乞え。死なせないでほしい殺してほしい。いくつもの目と目が同じことを訴える。一括りにされないよう馬鹿をする。ひとまとめにされるやるせなさで発光する。失っていくものの数だけがふたりの寿命。きみをこの世に産んだ人が僕のいちばん好きな人だよ。覚えておいて、けして忘れはしないで。

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no.120

休前日の夜
何かに許されたい

ぬいぐるみは家出した
自分でしなければならない
これからは何もかも

いつか簡単に消えてしまって
思い出も信じてもらえない
おとぎばなしと変わらない

不自由な手
一滴もこぼせなかった

立ち向かっていいのですか
落ちていい恋ですか
我を失って
溺れてもいいような?

窓ガラスに頬をあてて
どちらがあたたかいかを考える
降り出した雨は斜めに向かって
絶対に安全な僕を叩く

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no.119

もっと綺麗なものになりたかった
だけどからだは暗い隅っこを好んだ
そこにいるかもしれない光を見ていた
まだ見えないものを間近で見ようとして
永遠に落ちない星を落とそうとして

指先から生まれるものはいつも不安だった
誰が何と言おうと少なくとも僕には、
絶対に、欠かすことはできなかった
恐ろしい形相と形容してしまうと
ほんとうに手に負えない化物になるかと思われた

だからまるで自分が産んだようにあたためた
あたためながらこうも思った
空っぽなら、空っぽなら、
これがもしも空っぽならいいのにな
誰の夢も裏切らないけれど
いつか必ず終わることだけ決まってる運命

ありふれた言葉に思いを託すことは億劫だったね
いつの時代の誰もがそうだった
正解が見つけられないのだから好きな人を褒めた
そしてそれでよかった

少しずつ溶け合って混ざって
もう二度と分離できないところで
きみが僕に思う気持ちと僕が僕にやることのできない優しさと
僕がきみに与えたい深手と
きみがきみに流し込み続けた砂糖みたいな善良を

もう少し、あと少し
つじつまの合わない世界に持って行って
誰にも管理されずどうなるか見ていたい
腐ってもいい芽吹いてもいい
そんな出来事もあるってどこかで
幸せが何かも分からない子供の口から言わせたい。

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no.118

鉛筆の芯が震えている。先端で光がはじけてひとつひとつが思い出になる。ここまで繋がってきた血をないがしろにすること、それだけが自由な特権。お金にはならないこと。誰かを笑わせることにもならないこと。色彩が空を行ったり来たり。天下では発火と折檻の繰り返し。暴発。静寂との境目には頭の悪い鳥が住んでいてかなりでたらめな歌を歌う。何も証明できないことが何かを示唆する。新しい夜明けに法を犯す。真面目な目。異常を感じさせない佇まい。断水したままの浴槽。流せない体液。腐る排水管。爛れる初恋。あと何回見送ったらいっしょに行けるんだろう。挙げ句の果てに何になろう。

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no.117

神さまはいない
赤い目で睨んでも
教室の床に落ちる影
見慣れない頭のかたち
背中に感じるあたたかさ
鏡の反射に誰かが笑う
人の悪意をそのまま受け止めない
世界は毛布じゃない
頬杖の内側に針と糸を隠して
名前に込められた意味を知る
誰もがいらないと言うかもしれない
誰もが同じことに怯えていたかもしれない
それは希望
それは夢
みんなが震えている
大切にする
大切にするよ
握ったらよく切れる愛だとしても
構わないまま傍にいるのでは心もとない
葉にしがみつく蝉の抜け殻
しばらく忘れていた耳鳴りが始まる
それを邪魔だとはもう思わない
静寂は体内に宿る
破られる約束でもする
裏切る指でもつなぐ
ぼくが大切にする
それ以上の手は他にないんだ

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no.116

置いて行かれたと気づくのに何年もかかった。その間に僕は大人になったしそれなりの罪と罰も知った。神様は今も鎖をつけられたまま紙袋に入れられてクローゼットの奥のほう。願えば願うほど遠ざかるなんてどうかしてる。発狂したひとを書いた本を読んだ。そこには何の違和感もなく、ただただ好きなだけだったんだ。皮に触れるたびその下にあるものに思いをはせる。嗅覚の無いことは本当に幸運だった。隣人の間ではそろそろ話題に上る頃だろう。いま誰に会いたいかという質問は僕を困らせる。最後の質問のときにも今と同じように僕は困るだろう。そのことは質問者の日常に少し影を落とす。やがて消えていくんだけれど。ひとつひとつ抱えながら生きていけない。落とす。拾う。それが繰り返されるということ。それに馴染めるかということ。知らない言語が到達し続ける。拒めば冷徹になる。初めてお互いに分かり合えたとしても僕たちはひとつにならない。こんなにたくさんの美しいものが溢れた朝も、その日の夜も。愛を語るひとは縋るものをさがしていた。愛を知らないひとがまだどこかにいないか、それだけを考えて生きていた。ある人にとってはそれが凶器になるとも知らないで。何年も何百年も眠った後にまた目を開ける気になれば。また、また。ごきげんよう、ごきげんよう。どうかお元気で、よろしく。さようなら。はじめまして。ありがとう。では、また。

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no.115

いくつになっても誰も好きになれない自分に怯えながら眠った翌朝は隣室の叫びで目をさます。おやすみ設定をしていたエアコンが約束通り切れていただけなのに何かに裏切られた気分になる。朝日が差し込んで、きれいだな、と思うより先に裾にはびこった黴が目に入る。何も美しいことなんてない一日が始まりかけている。終わる前から終わりがわかると思ってしまう。そしてそのとおりになる。そう思うから。願いだと勘違いされて。べたつくリモコンを操作してテレビのチャンネルを切り替える。ましてやそこに答えなど見当たらない。真新しい入道雲を見ていると、自分が、何か、とてつもなく間違った方向に向かっていると思う。あの頃は良かった、だとか。同級生からの招待状に欠席の返事を送る。ハガキを入れる前と入れた後でポストの赤みが増したのはたぶん気のせい。ちいさい子どもを守るために車が道を外れる。対向車線をやってきた車とぶつかってバンパーが吹っ飛ぶ。それが民家の屋根についているアンテナを折る。野良犬が反応して飛び上がる。新しくできたコンビニエンスストアの新しいバイトが初々しい笑顔を見せる。それがいつか本心じゃなくなる日を待とう。みんなのかわいい夢とか健気な努力がはやく裏切られると良いのに。はやくお話しようよ。危なくないままで。危なくなりうることを。角の喫茶店が改装されていた。手書きのメニューボードに得体の知れない生き物の絵。スパイへの暗号。僕は何も解読できない、何も。暗号でないものでさえも。輪っかは丸いから入口がわからない。でも出口だってわからないだろうということで気休めとする。誰も出られないさ。足元から吹いた風に舞い上がるチラシにすべての結末は書いてある。懐かしい入道雲より遠くへ飛んでってそれはもう掴めない。あの入道雲はずっとあのまま待っていたのかな。消えずに見ていたのかな。遠慮なくいろんなものを吸い上げてくれたね。満足するまで噛み砕いたら午後のゲリラ雷雨にでもしたら。

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