no.426

夢ならよかったのに。あなたがそう感じながら目を覚ます朝にはそばにいたい。優しさのためじゃなく、弱みにつけこむために。

白くぼやけた世界が迎えに来るんだ、金魚すくいのように、連れ去ってしまうんだ、あの夏の花火みたいに夜空の鳥を蹴散らしながら、この時間はぼくのもの。

オートバイで走り去るものがどうして自分じゃなかったんだろう。誰もいないところへ行きたい。生きていけないくせに。じゃあ生きなくてもいい。生きていなくても、いい。

ささやく声が雑音に変わって、自由の記憶の残酷さを知るだろう。ぼくがいばらの茂みに手をのばして、ちょっとの傷なら気にもとめなかった理由を、知るだろう。

眠りは肌を冷たくする。だけどそれがまたあたたかく灯ることを分かっている。期待とか未来未満の確実さで。空にはまだ雲もない今、ぼくのわがままが少しだけきみを救う。

誰にも理解されないんだというきみの思い上がりが、ぼくを少しだけ後押しする。言葉未満の始まりに、骨を焼いた後の灰のように寝たふりをしている。ちいさな蘇生を繰り返し味わうために。

1+

no.425

シルクのリボンがほどけた日、きみと暮らせばどうだろうかと考えた。きみは新しい紐を用意するだろうか。それともそのまま自由にしておくのかな。

ぼくは、いまのぼくが好きだよ、この顔でじゅうぶんだった。怪我をしてよかったことは、打ち明けてくれる人の多いこと。人は、本能的に知っている。ほんとうの秘密は、自分よりかわいそうな人にしか、話せないって。

ミッドナイトにさよならって言う。大切にしたもの、変色しないから好きだった。ラミネートして、偽物だから、壊れることも平気だよ。

ぼくの中にきみの秘密が蓄積していく、夜、誰もいないコインランドリー、呼べない星座、汚れないきみ。

かわいいとかわいそうは似てるね。

とても、似てる。誰とも暮らせないぼくたちは少しだけ未来を夢に見て、またねって別れたんだ。ぼくはきみを哀れんでしまう。きみがぼくに優しくするたんびに。見え透いた試算、幼稚な嘘、きみでなければ暴く、こと、すみれ色したノートに正解を出すよりもかんたんだったのに。

3+

no.424

きみに見せたアリスが七色を消していく
輪郭だけになりたいの
迷わないように、あつめられるように
ひとつにばかり依存してほしい
雨あがりの庭の土
呪いみたくなつかしい匂いがする
棒読みでいいから口にしてほしいんだ
鳥や虫にとっての甘いジュースになる前に
二回恋に落ちてほしいんだ
きみを好きになる前と後のぼくに
神様がいないなら夜だって祈れる
見つからないのなら、いつもだって
絶対に傷つけるもんか
その誓いをすぐにあざむくということ
ミモザはぼくたちをモノクロにする

2+

no.423

鳥の羽根に身をうずめて、だいじょうぶ、ぼくは、知っているよ。なんでもない風景の中にきみが今も息づいていることを。それは水たまりが反射すればまぎれてしまうような光でしかなくても。かつてぼくがいた場所を忘れていない。いつか忘れてしまうのはきっときみが先なんだろう。だってここには時間ばかりがあるもの。その他には、きれいなものと、香りのいいものばかりが。あたたかくて、あまい。すり抜けていってしまうものばかりだ。ぜいたくであることとゆたかであることは等しくないね。まったく違うものでもないんだけれど。空がつながっていても意味はないね。声がとどくだけじゃ意味はないね。欲求はどんどん密度を増して、こんな今じゃがまんできなくなる。しあわせにならないでなんて願うこともある。どんな感情でもいい、忘れないでくれ。ぼくがつかれて眠っている時も、きみはぼくを忘れないでほしい。ここには何でもある。手をのばせば青い宝石が、緑のねこが、黒い靴が、白い水が、橙の葉が、黄の雛が、いつでもすきなだけ手に入る。彼らはぼくに要らないと言わせたいんだよ。だけどぼくは馬鹿じゃないので、欲しかった、ありがとう、って顔をする。退屈だよね。きみに会うことが恥ずかしくなるまで自分に嘘をつく。足首にひっかけて放り投げた冠も、眠りから覚めればまた頭上で光ってる。

3+

no.422

ずっと好きでいたかったね。好き合いたかったね。自分のものだと思っていた気持ちに、また会うためにわかれるんだったらいいな。きっと今がいちばんつらいんだろうね。ちょうど境目だから。好きだったころと、そうじゃなくなるころと。桜を見るたび思い出すのかな。なんか陳腐だね。呆れるくらい平凡だね。望みどおりなのにちっとも胸は平気じゃないや。スカートってなんだか落ち着かないね。今ならきっと、前を向くだけでだれかが褒めてくれる。グラデーションの一部になりたい。半分溶けて、半分消えたい。男の子。女の子。早くみんな幸せになって。それが無理なら諦めもつくのに。わからないね。いつまでも未来は。だから歩き出せるんだろう。行き着くところで文句のひとつも言ってやる。

3+

no.421

きみの目からぼくの涙がこぼれたらいいのに。ぼくの傷からきみの血が流れたらいいのに。だけどどこまでもふたりでいたい。朝と夜のように。密度の高い別離のまま羨まれたい。悲劇もまるく飲み込んで、あまいな、ってたまに笑い合いたい。流れていく時間の中できみが変わって、少しずつこの世界にいられなくなっても。一度だけかすめた指先のことを、何度でも奇跡だと呼ぶんだ。乾いた土地で、濡れたように光る石を見つけた。それが何という名前だとしても、鼓動のきこえるポケットで、ぼくがいつまでも離さないね。

5+

no.420

あなたなぜ泣くんだろう。そんなもののために。ぼくは観察者のように冷静だよ。どんな感情もわくことはない。風を受けて歩くと前に進んでいること強く意識できる。だから抵抗はあったほうがいい。無いよりはいい。あなたが生まれた日あなたが泣いたことを喜んだたくさんの笑顔、まだ覚えているのかな。それでたまに泣いちゃうのかな。月の光でかためて口に入れてもちっとも味がわからない。できるだけ透明にして日に透かしても、ちっとも。何も感じなくなったぼくはなぜ人から見るとさみしく映るんだろう。そこには少しの誤解とすれ違いがあって、その二つが存在することで徹底的に別の生き物なんだね。どう祈ればいいんだろう。どう願えばいいんだろう。きみが泣きますように。きみが笑いますように。口にはしないけど。話しかけることはできないけど。黄色い花が咲く広場で、いくら待っても再会しないけど。忘れたいと考えますように。思い出したいと振り返りますように。その間だけ、きみは未来を忘れる。そのままきみを後ろへ押し戻そうとする微かな風に、いいえと前を向きますように。

3+

no.419

ようやく訪れた季節の終わり。つぎのあたらしいを期待しないですむ朝、ぼくは少し呆けていた。時のない花は盛んに小鳥を誘惑し太陽は正しく傾いている。肉片になったかわいいものがぼくの周囲に虫をおびき寄せる。美しいひとは言った。逃げるのよ、汚れる前に、それだけ、それだけのことよ。へえ、だからそれっきりなんだ。とは、言わない。ぼくにある、ひとをおもいやるこころ、のせいで。言わせない。やや乱暴にちぎった手紙が光とも雪ともわからなくなる。曖昧は暴力であり優しさだった。ぼくたちから命名を奪うから。正しさを知るほどに一つずつ消えていった。消えていくもののことはいちいち覚えていられないから伝えられないんだけど。消えていった、その感覚だけちゃんと残る。皮肉なことだ。ぼくはそれを嫌っていたのかも知れないのだから。黒い瞳に何をうつしたって自由。いいわけを咎められない方程式。三角形のようにどこまでも重なって伸びて行く。それは三角形のように。透明な朝だよ、目覚めないきみがどれだけ血を流したとしても。避けられない夜を迎え入れるための、無邪気に透明な朝だよ。

3+

no.418

ぜんぶどこへも行くことはない
あくどい夢もつたない空想も
あなたにすべて染み渡る
だけどだんだん透明になる

生きていくことは彩色だと
もしかするとそう
わざと思っていたかもしれない
ほんとうは正反対でも

したいことやりたいこと
しなくていいことやらなくていいこと
簡単に忘れてしまうって
それは絶えず変わってゆくからだ

細胞のように
月の満ち欠けや引いて寄せる波
眠たいのに寝られないで
(まるで同じように見えたんでしょ?)

刻一刻と切り取られる魂
すこしずつ生まれ変わる
いつかぜんぶいなくなる
(そのことがまだ不満?)

涙を誰にも売らないこと
伝えたかった
だからこぼれてくるようにした
分かり合えないことを分かってほしかった

それだけでは冷たいので
内側からあふれるようにした
他の誰かがたやすく気づくよう
誘惑の多い仕掛けをほどこした

不思議なことじゃない
なぜって意図的に仕組んだんだ
あなたにとっては遠いある日あなたを
この世界に放り込んだ気まぐれな誰かが

4+

no.417

あれからずいぶん時間が経っていたのに。くすくすと笑いだした。しばらくすると大きな笑いに変わった。さすがに知らぬふりを続けられなくなって怪訝な顔を向けた。そうするほうが適切だとぼくは判断したのだ。

おまえはぼくが振り向くのを待っていた。目が合うだけでふたたび笑った。つられて笑うべきか迷った。迷っているうちは行動に出ないほうがよろしい。

ぼくは琥珀糖を手に取った。
口に含むでもなく指先で転がしていた。
膝から下をふると猫のような気持ちがした。
それになったことはないのにそれのように感じた。

おまえを見るともう笑ってはいなかった。真剣な、優しい目つきをしていた。おや、と思った。ぼくは、それを、知っているような?それどころか、もっと、意味のある感情で受け止めていた日があったような?

夕暮れのグラデーション。いや、明け方の潮騒。名前も姿も知らない鳥の声。鳥だよと教えてくれた人がいたのだった。鳥だけじゃない。色だよ。食器だよ。花とか。鉱物。髪の毛。マニキュア。眼鏡。ガラスのペン。化石。これがルビー。サファイア。ダイアモンド。物知りなくせに。ぼくの名前は呼ばないんだな。そうやって拗ねたことがあった気もする。確かではない。

確かではないなら夢かも知れない。幻かも知れない。笑われるかも知れない。

だけど、それならそれで、いいじゃないか。
それが、いいじゃないか。

ぼくは思った風に口に出す。おまえは泣き出す。どれだけ、きずつけてるか、わかってんの。って。ぼくは数秒黙ったあとで、ちいさく言う。笑ったり泣いたり、つじつまの合わない奴だと。

少しうれしいと感じたためだ。おまえが泣くところを見たことがないと思ったからだ。

ああ、ぼくは、忘れてる。
たぶん、忘れている。
そうでなきゃおまえがぼくのことをそんな目で見るわけはないんだ。
ときどきは祈るように、ときどきは諦めたように。
すこしでも口を開くと微かな期待を隠しきれないでこっちを向く。
ぼくは大切な誰かだったんだろうな。
まだ何も思い出さないけれど、それだけで心地よい一日もある。

ところでさっきからぼくの手のひらにのっている、この宝石の名前は、なんと言うのだろう。

瞬間、光がとじる。
次の光を取り込むためにまた一旦暗闇に潜るんだ。
海に似ている。
後ろからされる目隠し、甘いにおい。
許して。
(ゆるさないで)。
罪を揺らして。
(わからせて)。
ふりほどけないものだと知っていたい。
それは。
二度と。
ほどけるんなら、また結びたい。
そんなふうに恋い焦がれたい。
彼方にあると思っていたもの。
手が届かないと信じたいのは誰のせい?

泣かないで。
(泣いていて)。
終わりにしないで。
(もう忘れて)。
ぼくを知っている。
(おまえだけ知っている)。
傷なんか怖くない。
ずるい手を使ってでも幸せにしてやる。

4+