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no.107

いつの間にか眠りに落ちていて、ふと目を覚ましたら平日の午後、窓から吹き込む風と扇風機の発する風とがぶつかり合うところで呼吸がかすかに不自由に覚える境界、淡い光の中で読んだものがどれだけ生きる糧になるか考えたことがあるか。似ているところを探して見つけ出せた数だけ命が伸びるような勝手なルールの中で、年老いる前にここから奪われていくひとに寄せられる嘆きを、それに加えて隠しきれない期待の眼差しを、羨んだとしても絶対に口にできないときの不自由さが分かるか。裏切る自覚もないまま裏切る。ひとはどこまでも置いてけぼりにされる。土が削れる音。次の花の咲く音。歩み寄られることを拒み続けて望み通り静かになった部屋。空中を浮遊する虹色の金魚が幻であるとまだ認めたくないのにもう拭いきれない敗北感は血に似ているね。止めたい時に止められない。止めなくても死なない。順番が決まっているんだろう。どこかにノートがあるんだろう。ぼくが本当は綺麗なものを好きだと言っても笑わないで。だからきみを忘れなかったと押し付けがましく主張したって。笑わないで。もし、笑ったとしても、ときどき思い出してその時だけでも信じて。
ゆっくりのたうつ尾びれの影まで虹色だ。

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no.106

たいせつにして
たいせつにして
たいせつにしておいて

ある日突然たたいて壊す
破って投げ飛ばす
引き裂いて

それはもう、
ぼろぼろにしてしまった

汚れていないことを恥じて
掴み損ねた皺の奥に
誰も気づかないうちに

みんなのわかる方法で
誤解を承知で
正しく認識されることを放棄して

偽り通すことが生き甲斐でした
暴かれないことだけが使命でした

短い夏と長い冬でした

それは誰
それは何
今も、この今もだ

あなたはぼくを知らないでしょう

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no.105

温まり過ぎた
六月のアスファルト
見慣れた小鳥が落ちている
原型を留めたまま
血を少し飛ばせて
代わりのきかないことは
本当に幸福だったのか
他人になりきれなかったひと
繕うように思い出す
道を間違えたんだ
そういうことにして
何もかも足りなかったんだ
そういうことにしておいて
ありもしない世界に投影した
なくなることのない夢を剥いで

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no.104

モノクロの弔報が
凝固した血の跡が
存在を思い出させた

個性のないまま生まれたこと
祝福は後付けであること
確信は書面のみによること

信じないものを信じるふりをした
誰からも責められないよう
せめて溶け込もうとした
とても困難だと知りながら

行動はいつも恐怖に基づいた
些細なことも大げさなことも

顔を上げて青空を見ても
その日の天気欄は曇りだった

ぼくの見えているものを
見ることができるひとと
出会えることはそうそうない
これまでもあまりなかった

まやかしは柔らかく耳朶にふれる
初めて色づいた唇みたいに

みんなあなたを知っているよ、と言う
優しいあなたを知っているよ、と

だが忘れてはいけない
誰かを優しいと感じることもあることを
きみに示したかったんだと
つまり聞き手のきみが優しいと
彼らが本当に言っていたのはそれなんだと

何を見ても違うように感じている
わけじゃない

ぼくはおんなじ
何も変わるところのない
同じくただのごちゃまぜの生き物

きっと答えは出ているけれど
それはあまりに明確でさも正しくて
なんだって笑い飛ばせる
きみに言えていないだけ

ありもしない謎でこれからも
ぼくを知らないきみだけを
ひきつけておきたいだけ

深呼吸もできず
瞬きもできない切実さで
言葉を忘れた舌と
無いものねだりの不完全に清い体で

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no.103

ずっといっしょにいられるよ
秘密にされることがきらいじゃないなら
きみについて語ろうとすると
みんな邪魔をしようとするからね

ずっといっしょにいられたら
安定剤はいらなくなりそうだね
焦点の合わないあのお医者さんを
ぼくは苦手じゃないんだけれど

ずっといっしょにいられるの
何も失わないまま、なんて望まないよ
幸せの量って決まっていて
それは必ず残るんだから

じっと見てくれたらいいんだ
顔を背けるくらいなら
いつかの僕がそうだったように
そのうち染みてくるだろう

もしもそのときは
もしもそうなったときは

僕に何かを言いたくなっても
もう手を振らなくていいんだよ
黙っていたってわかるんだから
かならず見つけ出すんだから

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no.102

暗号を迫害しないこと
そのルールが
僕を守る
方法は他にもあって
誰にも言えない

まわりくどい手段
誰も正解にたどり着けない
隠したいものに対して
細工があまりに大きい

ひとつひとつ膨らんで
やがて誰も向き合わなくなる
頭の後ろに回したお面が
最愛に微笑む

嘘を暴かないこと
誰にも暴けないこと
平和のふりを続けること
それしかないと思うこと

単純だと思えないものが
単純のふりをして近づくから
安全とは言い切れないものが
安全のふりをして近づくから

黙っていることが不可能なら
僕は喋り書くだろうし
それを止めないと言うのなら

相容れないふたつはいつか
初めて接触して粉々になるんだろう
見て悼む第三者のない場所で
ひっそりと派手に、やかましく

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no.101

これから足を踏み入れようとしている
佳境の結末を知ることができたなら
予感だけこんなにも強く
まだ起こっていないことのために怯えている

いつか触れ合った魂はみんな綺麗だったから
今や夥しい愛を受け入れる形態になっていて
それは確かにそうあるべき姿だと思うし
何かにつけて褒めそやすことも妬みに見えるかな

救わせてくれるものがどんどん消えていくよ
隠し方がうまくなって、嘘が本当になって
助けさせてくれるものが減っていくよ
はやくはやくって手を繋ぎあって仲間はずれ

僕は自分がいつか死ぬとは思えない
そんなはずは無いとわかっているけど
死は、
踵の結び目を断ち切られた影法師みたいに
埃の積もらない部屋の床に投げ出されている

紙飛行機が運んでくるたくさんのデマが
だけどあるひとにとっては動かしがたい真実が
騙されることもできない僕を笑うためだけに着地
その杜撰な折り目にまだ残っている指先の温度

(だれのもの?)

そばでずっと鳴っている
寝ていたって鳴り響いてる
生き物には発し得ないような輝きなどが
おまえの文法はおかしいと言うけど怒らないで

それはときどきこちらに伝わる言葉に変わる
鳴りながら変換してくる
望まなくても僕には分かる
贈る相手もいなかった光のやり場に困ってるって

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no.100

うわべだけの付き合いって悪い意味で使われているように思うし自分もそういうニュアンスでしかないと思っていたし実際そうある部分がでかいんだろうけど、うわべを繕う努力もまた他者への労わりやねぎらいや優しさの類に属するのではなかろうか。余裕のなくなった、人間の、なんと露骨に利己中になることか。余裕がないときの自分の、他者に対する、なんと嫌な反応か。そのことを思うと、うわべとか偽善とか建前とかそういうの、ぜんぶ、いいと思い始めた。思っていた。なんでも正直でオープンで明るくて公平で元気でわんぱくで誰とでも仲良く清く正しいことだけが清く正しいと言いたくないしそれもこれも暴論だから教室の黒板の上に貼ってあるスローガンみたいなやついつも苦手だったしそのとおりの生徒は別世界の住人。だけどその世界の住人は清く正しいうえに優しくて悪意がないから別名を天使といった。天使に非はなかった。もちろん天使以外にもなかった。強いて言うなら天使とか天使以外とか言ってる劣等感の権化が、その感覚がよくない。そしてその世界に属すことができない人種はその世界を貶めたり比較することでアイデンティティを得ている節があるから結局依存。誰もが誰かに救われていた。どこにも上下はなかった。敵も味方もいない世界。知人とオーディエンス。そのグラデーション。

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no.99

声高にでも囁くようにでも
僕は死ぬまで言い続けるだろう
ただ誤解されたくないのは
共感が欲しいわけじゃない

知って欲しかっただけ
いつでも知ることができたということを
いつだって壊せたんだということを

きみの居場所さえわかっていれば

そこだけを避けて
それだけはちゃんと護って

凪いだ海面は穏やかそうで
やがて誰も想像しなくなるだろう
誰もが忘れて事件は
二度目の悲劇に打ちのめされる
いつかひっそり玉砕をする

それが藻になり餌になり
透き通ったちいさな魚を
その尾鰭を動かすことになろう

魚は
僕の生まれ変わりかもしれない
あるいは
生まれなかった命の続きかも

なんにも覚えていなくても
誰も想像できなくても

あらゆるものがそうかもしれない
雨粒のように夥しく輪廻している

絵空事を語るからって
笑われて平気だからって
僕が一度も本当を
誰にも言ってこなかったわけじゃないよ

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no.98

体温と体温のせめぎ合うところ
柔らかな比喩を与えてもいいような場所で
境界を主張しあって本当は争っていた

何年か前に心の中で憐れんだひと
そのままで少し変わっていて
そのままで遠いところまで行っていた

組み替えたはずの経路はやっぱり
光のほうへきみを繋いでいっていてぼくは
忘却の砂のひとつに数えられもしない

許さないことは覚えておくこと
だから愛に似ているということ
何も教わらなかったのに知ってる

太陽が沈む間際にことづける
雑多な所感に高貴な審判
洗っても洗っても傷口が見えてこない

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