【小説】その店のメロンクリームソーダに関するうわさ

その店のメロンクリームソーダは飲むと◯◯、◯◯◯◯。

「都市伝説にされてら」
店内はいつも通り閑散としている。ふと気になって覗いた口コミサイトで見かけた自分の店には、都市伝説の類が書き込まれていた。
「暇なやつもいるんだなあ…。って、この店ほどじゃないか」
と、入口の鈴が鳴った。
来客を知ったタイチは、スマートフォンの画面を閉じた。
久しぶりの客だ。
訪れたのは、小学校低学年くらいの少年と、はたち前後に見える男。彼が帽子を脱ぐと、まとめていた長髪がほどける。
タイチは凝視した。
男の髪の白さに、整った顔立ちに、紅茶が抽出できそうな赤い瞳に。
ぼけっと突っ立ったままの店主に構わず、今しがたやって来た二人は迷うことなく窓際から一番離れたテーブル席へと着く。
「オレンジジュース」
少年が先に注文する。
「俺はメロンクリームソーダを」
赤い瞳がやけにキリッとした声で注文する。
「かしこまりました」
タイチは平然を装いつつカウンターの中からその二人の様子をうかがってみる。
兄弟。
親子。
師弟。
友人。
恋人。
ペットと飼い主。
どれもしっくりこない。
「マヒロは金魚すくいと射的をする。その時、俺はメロンクリームソーダを注文する」
来週開催される夏まつりの計画でも立てているのだろうか。
「メロンクリームソーダ出してるお店はないと思うけどな」
「探してみないとわからない」
「わかるよ。だいたい夜店で出す飲食ってのは食べ歩きに適したものでないと売れないだろ。かと言って紙コップやビニールのコップにメロンクリームソーダ入れてると魅力が半減するっていうか」
「俺にとっては半減などしない。この世のメロンクリームソーダはすべて等しい」
「この分からず屋」
少年の吐き捨てた言葉に傷つく様子もなく、赤い瞳はもう一度髪を結わえた。完成したそれはタイチの大好きなポニーテールだった。

「お待たせしました」
少年の前に100%オレンジジュースを。
赤い瞳の前にメロンクリームソーダを。表情を盗み見ると、その目はメロンクリームソーダに釘付けになっている。
「いや、だから。タカナシの電話にはもう出なくていいって言ってんの」
「だが、マヒロのお母さんは出ろと言う」
「ぼくとお母さんとどっちの言うこと聞くわけ?」
あいかわらず関係性はわからないが、遠慮し合うような仲ではないようだ。タイチにはそういう間柄の他人はほとんどいない。
カウンターの内側へ戻るとグラスを磨くふりをしながら赤い瞳の横顔をながめた。すっきりとした顎のライン、頬の膨らみ、後頭部の輪郭まで含めてパーフェクトだ。
暑い中やって来たと言うのに汗ひとつかいてない様子だった。
触ったら、ひんやり冷たいんだろうか。
向かいに座る少年がじっとり汗ばんでいるのとは対照的だった。
バンパイアという生き物のことを思う。
生き物という表現が正しいのか定かではないがどこで見かけたのだったか。ネットだったようにも、雑誌の片隅であったようにも思う。
多数の人間にとって有益と思われる体質や性能を保有しつつあるが、いまだ解明されていないことがたくさんあるとか。ただし、数年前と比較して彼らの権利も認識されつつあり、非人道な実験や衆目にさらされるシーンも減って来たとか。初期のブームが落ち着いて来たのだと書かれていたのを読んだ気がするがそれはそれで侵害的表現である気もした。
それにしても、そのような存在を初めて目の当たりにした。
ましてその連れが脆弱そうなちびっこ一人だとは。
まさかどこからか屈強な護衛係が見張っていたりするだろうか。しかし店内には他に客の姿はなく、彼らのついた席は窓の外からは死角になっている。それに、盗み聞きした会話の内容にどうも危機感がないし、店内に入るやすぐさま帽子を脱いだところなどから、お忍びというわけでもないようだ。
ただただ凸凹デートしてます。って感じなのだ。

結わえ損ねた髪の束が耳から落ちるのを押さえつけながら、唇のあいだにストローを挟む。吸い上げられた緑の液体は、血の気のない体に染み渡った。

「とてもおいしい。生き返る心地がするぞ」
「生き返る?それ冗談。ねえ、ぼくにも飲ませてよ」
赤い瞳が少し迷った素振りをし、もう一度吸い上げた液体は口移しで注がれたので、タイチは危うく磨いているコップを落としてしまうところだった。
「ほんとだ、おいしいね。さくらんぼ、もらっていい?」
「いいぞ。俺が好きなのはソーダの部分だからな。マヒロにやる」
「やった」
譲られたさくらんぼはマヒロの口から喉へ、食道を通って胃の中へ。
ああ、ああ。
あの実があんな小さな子どもの口に入ってしまうとは。

マヒロの体格がみるみる変化する。
少年から青年へと。
金ちゃんが三回まばたきを終える頃には、十七歳のマヒロが仕上がっていた。
スプーンが床に落ちる音がする。
金ちゃんは呆然とその変化を見守っていたが、ようやくハッとして首を左右に振る。
「あれ?大きくなっちゃった」
二人は顔を見合わせた後、どうしたかと言うと。
その状況に、慣れた。
そうする他ないと知っているかのようにスムーズに。
「あ、惚れる感じ?」
「ば、ばかを言うなっ」
自信たっぷりににやりと笑うマヒロを前に、金ちゃんはそわそわと落ち着かない。
あらぬ方向へ視線を飛ばしたかと思うと吸い寄せられるように何度もマヒロを確かめた。
タイチは何度も目を瞬かせたり擦ったり、頬をつねったりもしてみたが視界に映る光景は変わらない。実際に頬をつねることなんて人生であるとは思わなかった。次にタイチは怯えた。あの少年が元に戻れないのなら。奇天烈なさくらんぼを提供した店側に損害賠償請求されたら。おれは犯罪者だ、前科持ちだ、行きつけのコンビニのあの子にもまだ気持ちを伝えていないのに、両親にもなんと言ったら、親戚一同にどう説明をすれば、恩師に、数少ない友人に、Twitterのアカウントは放置か、そうだペットのペロはどうする、俺がいなくなったら誰に世話を頼もうか、ペロ、ああ、かわいいペロ、おれが拾って育った大切なペロ、ごめんな、最期まで面倒を見てやることのできなかったふがいない飼い主をどうか許してくれ、ペロ。

タイチが我に帰った頃、青年になってしまった少年の姿も、美貌のバンパイヤの姿もどこにも見当たらなかった。

しかし夢ではなかったことの証には、飲み干したグラスとお金がテーブルにのっていた。

次の喫茶店へと向かいながらマヒロの体はだんだん元に戻っていった。
その様子を金ちゃんが恨めしそうに眺めている。
「なんだ、もう効果が切れたのか。十七歳のマヒロ、悪くなかった」
「まだ試作品だからね。てか、やっぱ惚れてんじゃん。信じらんない。嫉妬の相手が自分ってのもなんだけど」
「どんなマヒロも好きだぞ」
「かっるいなあ、金ちゃん」
「完成したら商品化するのか?」
「まさか。しょうもない」
「需要はあると思うぞ?」
「たとえば」
「自分の十年後が分かる。たとえば病気を予防できる」
「これはあくまで現時点の自分を基礎としている。その後の出来事や食生活なんかを予期して反映させているわけじゃない。本人の頭の中は元のまんまだし、まあ、誰かをちょっと驚かすくらいなら楽しめるかも」
「さっきの喫茶店の店主みたいに」
二人は顔を見合わせると笑みを交わした。
「きつねにつままれた気分だろうな」
「金ちゃんに見惚れていただけかも」
欅の下を歩けば、うるさいくらいに蝉が鳴いている。
金ちゃんのわがままで始まった真夏のメロンクリームソーダめぐりはまだ一店舗目。

その店のメロンクリームソーダは飲むと十年、歳をとる。

SNSでもご購読できます。