【雑記】卒業という名の自殺行為

続けて同じ作者の本を読んでいたら、先に読んだ本との共通点を見つけられて「あ、これがこの作者のフレームか。何度でもこれを書きたいだろうし、好きなんだろうな」と思う。

そして自分もそれを好きだったとしたらきっと作家買いにつながる。

人って、引き出しの多さよりも「その人だから」って部分に惹かれるんだろう。
あれもできてこれもできる。そんなふうにいろいろできる人って重宝されるけど、求められる度合いの高さでは「自分はこれしかできない」を持ってる人であるように思う。

なので、平均的にいろいろなことができるのも良いが「これしか」の「これ」をこそのびのび育てていくことも厭わずにいたい。

好きなものは早く自覚して、それを本気で守りつつ、それがあるから自分だ。と言えるくらいまで高めていけたら幸せだろうな。

それがなんなのか時々分からなくなるけど。あと、それがなんなのかそもそも分からないと不安になるけど。さらにそれだと思ってたものがそうじゃないかもと疑心暗鬼になると心細くてたまらないのだけど。

「それ」とは何なのだろう。

手がかりというか、見極めかたの一つとして私は「気づいたらやってる」だと思う。好き好き!ってテンション高まる気持ちも判断材料になるが、もっと無意識のうちに「あ、またやってたわ」「気づけばこんな時間!」みたいなこと。あったら少し楽になれる。どん底気分のときも、ふっと気持ちをそらせることができる。

好きだと思えること、時間が経つのを忘れるほど没頭できること、それはいつでも救いになる。

ので、「もうみっともないからやめよう」「おとなにならなきゃ」「自慢できる趣味を持とう」とかクソくだらない理由で卒業してはいけない。自分の救いを自分で捨ててはいけない。死にそうなほどつらいとき自分を癒してくれるものをそう簡単に手放してはいけないのだ。

まあ、卒業したと宣言したところで、そう簡単に手放せるものでもないだろうが。あまいんだよ。