【雑記】ヤマアラシのなんとか

フォントやデザインを地味にいじっている。少しおかしな部分があるけど、作業途中で修正する気力が途切れる。

詩を書いているのだったら、詩以外の言葉で表現するのはいけないと思う。いけないと、思っていた。ていうか、できない気がしてた。

何かを感じたり、いいなあと思ったときに、それをべつの手段で表現しようとすることは、あまりよくないし、うまくできないのではないか。

しかし、じゃあ詩が万能かというと、実際は書いても書いても消すことがある。

たとえば夜中にスマホで投稿して「これ明日になったら消しそうだな」と思いながら、寝付く。それで翌日読んでみると「ふむ。まあ悪くない」と思うことがある。この時は、ためらった時に消さずに、時間を置いてみるものだなと思う。

でも、実際は「だめ」と思って、思ったままに消すことがある。「これはよくない」と思って消すことが。

そうするとそれについては「そんなに悪くない」「ふむ。まあまあ」と感じる瞬間さえ訪れることがなくて、だから推敲は殺しだなと思う。この、ろくでなし。

さらに言うと、書き出さず秘めているものもある。「こういうの書きたい」「ああいうの書きたい」でも結局書かない。なのでこれは殺しじゃないけど飼い殺しですね。重罪ですよ、みなさん。言ってる意味がおわかりか。

つまり、書こう。

いろんなものが目に入るんですよ。優れているもの、称賛されているもの。自分の考えに似ているものなどが。そうしたら「今さら」って気になるし、「どうせ」に行き着くんだろう。でも、あなたの「どうせ」に「いいな」をくれる人もいるのでは。

感性が飽和したり、尽きることはないと思うよ。ただ、作者の手による殺しがあるだけだ。

かと言って粗悪なもの買わされたらムキー!となるから人間は恐ろしいし面倒だしできればあまりたくさんの人とは関係を持ちたくないと思う。と思う一方ですべての関係を遮断することはできないし本当はその必要もなく、大切にすべきと思うものや維持すべきと思えるものもある。すべてひっくるめてやっぱり面倒で恐ろしいので距離を置こう。