【雑記】イメージを反転するということ。

テレビやスマホをぼーっと眺めている時って自分の中に大量の情報や意見が「流れ込んでくる」イメージでそれまでいたんだけど、それで「受動的」って言葉を使うんだけど、あ、本を読む時とかもね。受け身だなって。でもそれってそうなのかな?「吸い取られてる」「搾取されてる」ってイメージもあらたに浮上してきた。私たちはぼーっとしてる時でも実は何かを見ていたりさ、考えていないような時でも受け止めていたり晒されていたりする。その時、スポンジが水をじわじわ吸収するイメージ?まだマシ?でも実際は、ぎゅーーーっと吸い取られてるんですよ。時間や命が。そう思うと、うわっとなって、まあ、うわっとなっただけ。特になんもしないけど。動き続けることはできないし。生産性のあることばっかできないし。合理的なことばかりじゃいられないし。くだらないことや無駄なことやそれはやめとけってこと続けてしまうのが人間だし。これ村田沙耶香さんの『消滅世界』って文庫本を読んでて思った。家族制度が今と違ったパラレルワールドなのね。その世界では男女みんな避妊されてて夫婦間の性行為は近親相姦なの。で人間同士恋愛してもいいんだけど多くの人がアニメキャラとか愛してる。ほー。ありうる。って世界なんだけど主人公はキャラを「キャラ」っていうのに抵抗あるのね。本気で好きになった相手だから。そんで、まあ、旦那とキャラとは?みたいな会話をするんだけど「人間はキャラを自慰に利用してるだけだ」ってあって、でももう一つの意見は「搾取されてんだ。気づかぬうちに経済ベースにのせられて」みたいな、そういう。これなんかほんとそうだなって面があって、そうだな、って。それだけ。適当にあらすじ書いてるから適当だけど。

全く同じことを語っていてさ、一人は足すイメージで、でも別の人は引くイメージで。これってすごい。同じものを見てるつもりになってるだけで、まあ、見てるんだけど、真逆って。これが何重にもかさなって、だから「わかってくれる」「わかってほしい」はとことん幻想だなって気づくべきだし、でもそのいっぽうで「わたしはこう考えることで絶望した」「そう?ぼくはこう考えるから希望を抱いてるよ」って言えるわけで、白黒あって白黒つかないんですよね。人間は我慢できないはずだよ。だってグレーゾーンが得意な人っていないじゃん。どっちかだと確信して安心を得たい。なのにみんなばらばらのことを言う。だけど分かり合いたい。あああ人間ってほんとめんどくせえなもう隠遁したほうがマシ!てなったのが現状の私ですね。長い自己紹介であった。

今日はこのお話を紹介。
最後5行が自分が書いたものじゃないみたいで好き。自分が考えそうにない考え方で。波に乗ってグイグイ書いてるとたまにこういうことが起こる。ここに落ち着いたんだ、ていうの。そういうのがあるから、やみくもに吐き出すのも悪いことではない。われを失うことも、グレーゾーンを突き進むことも、たぶんあんま、そんな、思ってるほど悪くない。少なくとも思ってるよりは。だって根が心配性じゃん。どいつもこいつも。もちろん自分も。なので想像したより悪いことなんてそうそう起こらないよ。まったく起こらないとも言えないが。

クーラーが 壊れたままで 秋の風。

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