【小説】春の呼吸

桜が咲いたんだって。

どこの。あの坂。ふうん。興味ないんだろ。いや、そうでも。どの坂って訊かない?あるんだったら。わかるよ。まあ、いいや。なに?え?何か言いたかったんだろ?べつに。

ていうか、人生とか冷蔵庫だから。

その切り替えに対しては、ぴくりと反応した。
二人で会話しているだけなのにおまえは聞き耳を立てるようにする。

新しく食材を買うんじゃなくて、あり合わせで生きていかない?

三秒。
十秒。
七十秒が経過。

指先で回すペンが落ちて転がったけどおまえはそれを拾わないでおれのことを見ている。

正気?

余裕なんかない。確信はある。落ち着いてなんかない。だけど迷いは見せたくない。うん、と頷く。心配になって二度頷く。

ふはっ、嘘だな。

そう言う顔が少しにやけたのを見逃さない。代わりにペンを拾い上げて耳たぶを摘んだ。ほっぺたを包んでムニムニをする。べつに、可愛くはないんだよな。おれが好きになったものなのに。顔立ちも平凡だし性格だってどちらかと言うとつっけんどん。ツンデレって言われればまあそうかなって思うけど好意的解釈に過ぎると感じることはある。でも。

ずっと見てたいんだよなあ。

気持ち悪い。好き過ぎんだろ。とか。自惚れるんじゃねえよ。口悪い。味覚が変わったのかな。何だよ。なんでもない。桜。え?桜が咲いたんだろう。え、あ、はい。見に行く。え?見に行くって言ったんだ!二回言わせんじゃねえよ!聞きたいんだろ!聞きたいだけだろ!え、あ、はい。お、おま、おまえもどうかと思ってるんだ。え、あ、あ、お誘い、なの、かな?ふざけた口調になるんじゃねえよ。え、うそ、これ真実。は、おまえ、そうなの?キャラ違うじゃん。変貌が気持ちわりいんだけど。あり、ありがとう。感謝するな。違う、桜のこと。え、あ、ま、まあな。行かせていただきます。超絶に。

なにこれ。超絶あれなんだけど。プロポーズした方がデートのお誘いで照れるとかなんなの?春なの?幸せかよ。

っていう。

シミュレーション終了。

おれは息を吸う。

意を決して切り出す。

あのさ。

「桜が咲いたんだって」。

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