No.801

猫は気まぐれで愛をつぶやく
咲かなかった花を柔らかく踏んで
きみの歌声はよく馴染む
残酷であたたかいこの光景には特に

そう感じているということなんだろう
そう覚えているということなんだろう
誰もいないなら生きられないよ誰も
軽く言い切ったきみを睨んでいたぼくの春

今も歌っていて欲しい
今もひとりで歌っていて欲しい
自分に向けられなかったものに
引き寄せられる人がこの星にいるから

サイダーは線路に流れ出した
炭酸と星に大差はないんだって
あの日ぼくはきみから愛を教わった
伝えなかったけど初めて満たされたんだ

今もきみがどこかで歌っていて
あの日のぼくを救い続けてくれますように
今もきみはギターを弾いていて
隣にいる誰かをあたためているだろう

踏まれた花は何食わぬ顔で明日咲くよ
遠くのきみに光が降るよ
ぼくがそれを見ている
濃密な平和が公園のブランコに溶け込んでいく時

5+

No.800

揺れるカーテンを見ていた。
揺れるカーテンの陰に隠れた何かを見ていた。
揺れるカーテンの陰に隠れた何かはいつか僕を愛したものだった。
近づきたかった。
ふれて確かめたかった。
腕はおろか指先さえ動かせなかった。
乾いた喉からはかすれ声も出てこなかった。
目の前で出来事は起こっていた。
僕だけがそれを見ていた。
僕だけが助けることができたのにそれをどうすることもできなかった。
僕は自分の無力を知っていた。
だけどただ知っていただけだった。
それがどんな惨劇を生むかは知らなかった。
そしてある日それは起こった。
カーテンを見ていた。
揺れるカーテンを見ていた。
露呈し隠蔽し。
なめらかなドレープに反射していた。
純真無垢な何かのように。
絵画のように。
一瞬の幻のように。
だけど消えない。
はためくカーテンの向こうを見ていた。
バルコニーに立って。
外にあって。
いつか僕を愛した生きものだったものを。
閉幕のブザーはまだか。

(これは何度目の再生だろう。)

3+

No.799

嫌いになりたくなかったのに変わってしまう。変わってしまった。変えてしまう。変えられてしまった。きらいになんかなりたくなかった。このままでいいと思える瞬間だけがバグのように続いて、病的だと指摘されても浸っていたかった。ぼくたちの冬に射す茜色は、おたがいが知ってる幼馴染みの頬。みんなが飛び越えていった川面に映る近くて遠い恒星の姿。隠れたい。隠されたい。見つけたい。見つけられたい。貝殻で傷ついた足と、足を傷つけた貝殻と。再びがもらえなくて永遠を選んだ。ふたたびがもらえなくて、えいえんをえらんだ。泣かせてしまう人の多いほうを。自分たちが選びたかったほうを。

3+

小説『にぶい』

ひと月先の予定を入れて不安になる。読みかけの本にしおりをはさんでふと思う。(生きるつもりなんだろうか)。この先も。この先も?

たしかではないのに、望んではいないのに。何気なく約束をして、何気なく読みかけにする。こんな間違いだらけで、生きていいんだろうか。

迷惑をかける。きっと苛まれる。レッテルが足りない。飲もうとした水がただ流れていく。理由が欲しい。みんな理由が欲しい。ここにいていい理由。生きていていい理由。しおりをはさんで良い理由。約束の日を待ち遠しく思っていい理由。

(考えすぎ。もっと幸せになっていいんじゃない?)

そう言われるために考えることをやめられなくなった。一番の弊害が一番の理由である場合、ぼくに抜け道は無いんだろうか。呪われたいだけかもな。所詮なりたかった自分かも知れない。

ぐるぐる考えていたら降りる駅を乗り過ごし、一時間遅れで待ち合わせ場所に着く。きみは「あ、やっと来た。」と笑って、ぼくにランチを奢らせるだけで無駄にした一時間を忘れてしまえる。

「無駄じゃなかったよ」
「そう?」
「待ってる間ずっと考えられたから」
「なにを?」
「これから会う人のこと」
「ぼく?」
「うんうん」
「どんな気持ち?」
「新鮮だ。最近あまり待つこと無かったし」
「うん」
「はやく会いたいなー。会ったらどんな仕返ししてやろうかなーとか」
「これが仕返し?」
「うん」
「このランチが?」
「うん!」
「安すぎない?」
「誰と食べてるかが重要だと思うんだけど。最高においしいよ」
「さらっと言うんだ」
「回りくどいのとか嘘は苦手だ」
「知ってる」
「デザートも食べたい」
「はいはい」

変なやつ。ずるいやつ。第一印象は今もあんまり変わってない。こいつと会っている時ぼくは、生きるかどうするかとか理由がどうとかを全く忘れる。理由もなく生きてる。食べて笑ってる。ぜんぜん有益じゃない話をしている。

好きな人がいるって、こんな感じなんだろうか。好きな人って、こんな感じなんだろうか。好きって、こういう感じなんだろうか。ぼくにはまだよく分からない。だから次会うその日が待ち遠しい。

6+

No.798

ぼくはぼくでしか生きられない。あなたはそれで大丈夫だと言う。ダンボールに描いた星空が本物に変わるころ、時代もひとつ変わっていた。時間が過ぎなければ分からない秘密は誰の悪戯なんだろう。耳を傾けていれば伝わってきたのだろうか。あなたはそれを待っていただろうか。ぼくは本当はそうしたかっただろうか。気づかないままだから生きてこられたのかも知れない。みずうみの表面に無数の祈りが瞬いて、あなたはそれを祈りとは呼ばない。ただの星だと言い、きみは地上へ目を向けろと優しく諭す。嘘を閉じ込めたアクリルのルームキーで、潔癖の部屋へ帰る。百年なんてすぐだよと自分に何度でも言い聞かせて。

3+

No.797

たんたんと降る雨の音がする。集合から離れ、まっすぐ歩いて帰った自分を恥じる。不器用なせいではない。何も受け止められなかっただけ。夜を越えるために必要なものは、取り出した心臓に似た月明かり。飼い猫だった獣がはこんできた小鳥の骨。あなたの小指。「得体の知れないもの」と言うときその正体を、ほんとうの意味で知らないひとはない。ぼくにも分かっている。適応できないもののない世界で、居心地の悪さに無自覚になれない。あたらしい朝がきてぼくは、きのうの夜のことをわすれ、机に載せた小指を飴と間違えて口に含む。小指だったものはいま舌の上であまく、夜のほうが幻だったと言い聞かせることに成功する。いいわけを生きている。いいわけしたい何も、誰も、いなくなった時、ぼくは人間をやめるだろう。きみに会いたい。ぼくを平凡だと笑うきみに会い、よくあることだよぜんぜん特別じゃないよと笑って欲しい。その言葉になら素直にうなずける。絶望はいつもきみに劣っていた。飽き性の僕はそれをいつまでも見ていられた。

5+

No.796

あまさず受け止めたかった。こぼさず食べたかった。逃がさずつかまえたかった。きみは、怖いひとだね。優しい手がそう拒むのを待った。僕はずるい。知ってる。あなたに追いつくために、ずるくなる以外に思いつかなかったんだ。こども、死を美しいと信じているね。ありふれた出来事だよ。いまも、ほら、誰にも。会いたいひとがいる。と同時に会いたくないひとでもある。僕が生まれる前のあなたと、生まれた後のあなたにほとんど差はない。あなたはあなたの時間を生きて、僕は僕の時間を生きる。少し併走するかもしれない。どこかで交わるかもしれない。間違いをおしえて、この気持ちを恋だと誤解する前に。ほどいて。

5+

小説『机上の星』

首にかけた手を少し離し、また押し当てた。あなたは考えている。僕をどうしようか考えて結局殺す。それから部屋の中をうろうろすると、ここは狭いと言い残して散歩に出る。久しぶりに本物の太陽を見て、ああ変わっていないなと呟く。通りすがりの恋人同士が真似をして笑う。最近女の子が産まれた店主のいるパン屋からミルクパンとメレンゲを買う。あなたの幼い頃からの好物だ。それを持って公園へ行くと男の子が物欲しそうに見ているので渡す。親から叱られる。あなたはまた厭世的な考えを始める。ひとしきり鬱を愉しんだら喫茶店へ行く。前回来た時と雰囲気が変わっており壁に掛けられた絵が無くなったからだと気づいた。あの絵は?常連客へ訊ねると「夢の中」と回答がある。そうか。あなたはテーブルにコーヒー代を残し、住み慣れた部屋へ戻る。あの常連客は誰の問いに答えたんだろう?忘れかけていたが殺されたぼくが机の上にあるのを見て、ひとりにして悪かったと心の中で思う。大丈夫。分かっていたから心細くはなかった、あなた、そういう人だよ。そういう星のもとに産まれたんだよ。あなたは今日外であった事実には何一つふれず、今日感じたことだけをぼくに込める。ぼくはあなたが感じたすべてを受け取りもう一度産まれ、いま読者に読まれる詩となる。人は僕をあなただと言う。あなたはもう、別の僕を手にかけている。

3+

小説『ぼくたちの春夏秋冬』

最後の花火が落ちたとき
月が出ていることに気づく
隣の横顔は冷たいだろな
いま触れなくても触れた記憶で分かる

アスファルトを裸足で歩いてた
あなたを偽善者だと思った
羨ましいと思った
ぼくには取り繕いたいものがない

熱量を構成する一要素
信じた人も誰かの大切な人
単語に収斂された歴史が
ぼくの浅はかさを浮き彫りにする

小手先が通用しなくなり
呼吸がままならなくなり
虚栄心がほころび始め
夜が明けそうな冬の一日

あなたが現れた
ぼくの欠陥はあの日のためにあり
あなたの放浪癖はぼくのためにあった
出会った二人は一杯のスープを飲む

好きなものが少ない
だから見つけたら離さないようにしてる
おれにとってきみがたぶんそれで
間違いなさそうだからもう好きにしていい?

笑ってしまった自分がいた
余ってるからあげるよ
命は大切にしろと教わったからさ
見かけによらずぼくは優等生なんだ

春夏秋冬
夏秋冬春
秋冬春夏
夏秋冬春
そしてまた春夏秋冬

ワイドショーが行方不明事件を報じる
悲壮な面持ちのコメンテーター
大丈夫、それほど不幸ではない
ぼくたちは幸せに過ごしている

4+

【雑記】ですらないもの

ぼくの好きなきみをきみは捨ててしまったと言う。捨てたものだからもう拾おうとしないで欲しいと言う。どうすりゃいいの。ぼくには今もきみが泣きたそうにしているのが見える。思い過ごしだと否定するだろう。でもみえる。平行線は交わらないまま、だけどこの糸が平行線である証明は誰もまだしていない。

2+