No.850

ぼろぼろの紙切れを渡して
誰かが私へ宛てたのだと使者は言う
質問しようとした時にはもう
姿が消えてしまっていた

(いったいいつ 私は 目を離したろう)。

折りたたまれた紙を開いていくと
短い挨拶と近況を訊ねる言葉だけ
丁寧な薄い文字で書かれてある
差出人は誰だろう

お元気ですか
僕は元気ではありません
むしろもうすぐ星になるそうです
大人たちの吐く嘘を僕はずっと見抜いています
だけどそれは彼らの優しさなので
信じているふりをして生きています

悪戯だろう
どこからか面白がって見ているかもな
たとえば夜空の星座になって
忘れないと約束を忘れたふりをして
いま思い出したきみの名前を呼んで良い?

生きてたって変わらないよ
変わらないと思いながら生きてると
死んじゃいたくなるよ
人を好きになれないと生きてけないんだ
愛だ愛だの洪水は息苦しいだけ

使者の顔を見たよ
深く帽子をかぶっていたけれど
きみの笑い方を忘れてなかった
随分と平凡に生まれ変わったね
またいつかどこかで会えるね

1+

No.849

愛が死を超えさせる
虹も星も足下にある
日常が遠ざかるたびきみが近づいた
怖くない怖くない、怖くないよ

言い聞かせるうち夢だと気づく
目覚めた世界は明るいだろうか
誰かがぼくらを言祝ぐだろうか
また会おうよ、また会おうよ

約束を結んだことを忘れて新生する
すれ違っても思い出さないだろうな
だから人は人に優しくするんだ
だから人は人を殺さないんだ

それが自分の大切なひとかも知れないから
あなただけじゃなくぼくのことも
誰であっても自分であっても
それは誰かの大切な人になる人だから

3+

No.848

新しいものは青色
たとえば果実
始まりの空
見知った言葉の中にも

あなたいつか死ぬらしい
自分の死は信じられても
あなたのことは信じられない
ずっと新しくなれそうだ

分かっていないことが多い
秘密をさらけ出す必要はなくて
触れないまま労ることができる
それもあなたから教わった

水平線を見れば星が丸いとわかる
それ以上に自分の存在が
建物が空気が回転する街が
ふと寂しそうになって笑った

胸から下腹へ切り開く
そんな夢を見る
残酷と片付けられない
だけど片付けても良い

伸ばした指先に光が宿る
春のものとも夏のものとも
秋のものとも冬のものとも
どの日にあっても違和感のない光が

馴染みたくて無理をした
愛を知りたくて嘘をついた
本当は手の届かないところにある
そう説得したくてそっぽを向いた

優しい人に優しくされたい
それができないから優しくしない
不完全でしょう
自虐と誠意を間違えたままのぼく

完璧だよもう何も要らないよ
あなた平気で思ったままを言う
昼をも欺く夜の眩さ、
ぼくを救うことなんてわけがないんだ

2+

【小説】渚の神さま

何かを手に入れると
また別のものが欲しくなる
そんな毎日だった
追いかけながら追われていた

満ちていて不満はない
ただ終えたくて海の街を選んだ
幼い頃に家族で訪れたんだ
外国ってこんなところかな
言ったらみんなが笑った

方法は考えていない
ただ海の近くで終わること
僕にとって大切なことだった
帰り道を忘れたくなかったんだ
またまちがえたくなかったんだ

ここまで書いて
罫線の無いノートから顔を上げる
あ、また、あのひと。
渚へ歩いていく
頼りない後ろ姿を追いかけた

人を見かけて追いかける
気になるから後を追う
それがずっとできなかった
追わないほうが安全で
僕は傷つかずに済んだので

「ほら、夕陽」。

僕に気づいたあなたは
それだけ言うとまた歩き出す

「まだ早朝ですよ」。

訂正し僕は隣を歩く
あなたの中で朝も夕も変わらない
僕もその他大勢と変わらないきっと
なんだか胸が痛む
おかしいな

「綿菓子」。
「雲です」。
「ゼリー」。
「海です」。
「スプーン」。
「貝殻です」。

おなか、すいてるんですか?
僕が顔を覗き込むとあなたは
ようやく今きづいたように
はっとした
見開かれた目に映る自分を見つける

「神さま」。
「は?」。
「おまえ、神さまだ」。
「えっと」。

訂正しようにもどうしたら
いいかわからず
もういっそ良いかもな
そう思った

「そう。僕は神さま」。
「来てくれたのか」。
「ずっとここにいたよ」。
「会いたかった」。
「僕もだ」。

待て待て待て。
これは甘過ぎるんじゃないか。
そんな、一人に独占される神さまなんて。
辻褄が合わせづらくなる。
つじつま。
ツジツマ。
…ここでは要らないのかもな。そんなもの。

「神さまはここが好きか」。
「そうだね」。
「同じだな」。
「うん」。
「わたしも、好きだ」。

見なければ良かった。
あなたの顔を。
嬉しそうに笑った顔を。

(終わらせられなくなる)。

急に焦点の定まった目は
またゆるゆるとほどけていく
海流に運ばれる漂流物が
ふたたび旅へ出るように

「外は明るい」。
「そうだな」。
「海は青い」。
「そうだな」。
「おまえ、ずっとここにいたら良い」。
「うん」。
「おまえ、優しいから、わたし許すよ」。
「うん」。
「ずっと、わたし許すよ」。

あなたのほうが。
よっぽど神さまだよ。

そう言いかけてやめる。
僕を優しいと言ってくれたその気持ちを
何かに例えたり
なぞらえるのは違う。
あなたはあなたの思考でそう言った。

独特な、取り止めもない、つじつま合わせも不要の。

「明日もここに来て」。
「うん」。
「絶対だ」。
「うんうん」。
「でないとわたし迷子になる」。
「迷子宣言するな」。
「約束だ」。
「わかった約束」。
「わたし、約束、うれしい」。
「それは良かった」。

一日は始まったばかり。
次の始まりがもう待ち遠しい。
海が輝く。
水平線が街を包み込む。
あなたの無垢が僕を一歩、知らない波から遠ざけた。

3+

【小説】星刑

凶暴な気持ちが出てきて困る。消したつもりだったが眠っていただけだったのか。おまえは透明でわかりづらい。砂利の上は足音が響いて安心に程遠い。お伽話で読んだんだっけ。塔の上に眠るお姫様。待ってるんだ。泣いてるんだ。自分を軽視してくれる従者の謀反。きっと弾圧されるよ。きっと裏切られるよ。どちらが生き残っても磔刑に処される。失敗できない。失敗はしない。ぼくが目をつぶると天の星が一斉に襲いかかってくる。そんな幻覚を見た。とんでもないことになんとぼくは興奮している。お伽話のお姫様。裏切り者の分身。ようやくひとりはふたりになれるよ。たどり着いたその部屋できみは笑って待っている。背後に人を従えて。秘密の線引きを間違えたな。言い放ち残酷に笑うだろう。ぼくはそれを見てきたように分かっている。夢に見たんだ。分かっていたから話に乗った。きみは笑う。ぼくも笑う。きみは予定調和を破壊した存在を忘れないだろう。死ぬまで夢に見るだろう。夜は日毎に訪れる。死ぬまでぼくを見るだろう。満足だ、ああ、満足だ、凶暴が満たされる。黒いおおきな獣が喉を鳴らしている。もう何も要らないと言う。そうか、そうか、それはよかった。降る星を初めて本当に見た。落下する体は宇宙空間に真っ逆さまだ。流星も追いつけない。きみなど到底追いつけまい。

3+

No.847

雲のない空
雲ひとつもない青い空
空っぽのくせに吸い込んでくれない
ぼくの腕や脚や眼球などを吸い込んでくれない

消えてしまえ、
言われなくても願っていたよ
誰よりもぼくが願っていたよ
横取りしてくれないかそういつも願っていたよ

だったら心臓を、譲渡できる。
唐突に親友が言うのでまさかと回答した
でもおまえいつも譲渡したがってたろう
なぜ知らないふりをしてはぐらかすんだ

親友と呼ばせた親友はぼくへ緻密な計画を話す
抜け漏れ無くはないけど完璧は偽物だって
片目をつむったほうがまっすぐに歩けるんだって
知らないほど無知な子どもじゃない

譲渡するんだ
消えるんじゃなくて
奪われたり売りつけるんじゃなくて
ただ譲渡するんだ月夜に、終電が過ぎた頃に

なんてことを教えるんだろう
リアルを見物したいのならスマホでも漁っていろ
心からの笑みをこぼしながらぼくは応答した
おまえはきっと耐えられなくなる

重いと思うのか
おれが時間を巻き戻せないことを悔いるまでに
心を持った人間だと信じてくれるのか
ぼくはしばらく黙った後で

笑いながら泣いた
器用すぎるんだ忍ばせた選択肢
そこにぼくが気づかなかったらどうなっていた?
昨日と明日のあいだの小さな暗闇でふたりは泣きながら笑った

2+

【小説】鈍感とサバイバー

サバイバーって呼ばれるらしいよ。生き残って大人になれたら。そんなの嬉しくてマジ泣きそう。望んでないのに光栄すぎん?

夏が過ぎて水を抜かれた学校のプールは大きなゼリーの型みたい。ざらざらの縁に腰掛けてスニーカーの爪先を交互に揺らした。

スニーカー。ふむ。

おまえの話がホントであるなら、じゃあ、それはいつ買ったんだろう。誰に買ってもらったのだろう。それほど汚れてもいないし、ボロボロでもない。嘘なのか?今のこいつの話は?おちょくられてる?

「ああ、人は足元を見られるから、って」。

こちらの考えを見抜いたようにおまえが言う。

「世間体は気にするんだ。息子から何と思われようがちっとも気にしないのに、形の無い世間体には甘い親だよ。だから靴は割と良いやつ。おれも気に入ってる」。

おとなになったらなにになる?

そんな話をしようと思ってた。こんな話を打ち明けられる前は。

おまえは大人になったら自動的にサバイバーになるのか。その一単語でくくられて、復活を余儀無くされる。次世代のサバイバーを救いなさい。サバイバーではない私達にそれはできないから。社会に言われる。時に悲しい目を向けられる。

困ったな、とも、大変だな、とも言えずぼくはただ苔に似た何かを睨んでいた。

静かな笑い。笑うことを許されなかったやつってこうなの?

あのさ、おまえ、いつもそう。
人の話を聞いてる時にさ。
痛いよ心が痛いよって顔をするだろ。
騙されるよ。
優しすぎるもん。
やわなの隠せてないんだもん。
仕方ない、騙されるぜ、それは、ちょっと賢いやつに。

おれみたいに。

「え。おまえ、騙されたの?誰に?」
「ただの願望」
「騙されるのが願望?」
「騙されるのって、いったん信用したからだよ」
「うん?」
「誰かを信用した証だろ。おれは誰も信用できない。だから願望。わかんない?ごめん忘れて分かり合えないや」
「騙そうか」
「おまえが?」
「うん」
「おれを?」
「うん、騙そうか」

あ、こいつこういう笑い方もするのかと思うくらい笑われた。

「傑作、いいねいいね、おれおまえ欲しい感じ」
「ぼくが思うに、おまえは人生が短いと思ってる」
「違う?」
「違う?ってここで訊き返す奴が思ってるよりは確実にな。個体差、一年だろうが百年だろうが人の一生ってそんな短くないよ、おまえ、退屈のあまり幸福になると思う」
「ひでえ預言」
「預言はだいたいにおいてひでえよ」

乾いたプールを屈託の無い笑いでいっぱいにして。

「じゃあさ、待ってる」
「うん」
「信じて待ってる」
「おいサバイバー、馬鹿みたいに死ぬんじゃねえぞ」
「言われなくても、生きるしか知らない、馬鹿だもん」

クッソ話し過ぎたあ〜誰かさんのせいで〜とため息ついておまえは立ち去る。

ぼくを残して。去り際、頬に唇をあてて。

チャイムの音ではっと我に帰ったぼくは、いったい、いつ、どこで、なぜそうするに至ったか意図を不明に感じつつ先行者の後を追う。

キスか?定かではないがキスというものに今のは近似しているな?

そうか、感謝の証か。ぼくが預言を実現しても反故にしても、おまえが不幸になることはない。ぼくだけが荷を背負ったんだ。は、結構じゃないか。何の勲章も保障されてないんだ。生きたって、生き残ったって、呼称は無いんだ。

(キス?しかし、なぜ?)。

首を傾げつつ踵を返せばぼくの背後で置き去りの青がプールをいっぱいに満たした。

誰も見たことのない景色がなみなみと湛えられてありきたりの日常を欺くまで。

2+

No.846

澄んだ風に黒い髪がなびく
触らないで
誰にも何にも触らせないで
私はあなたのものだと跪いて欲しい

死がふたりを分かつなら
死をもたらすものを排除して
予測変換のでたらめをピリオドで黙らせる
冷酷になるくらい何度でもする

優しい笑顔の優しい人が
本当は怒りを湛えてるの知っていたんだ
分かるんだ
目を逸らさないとなじってしまうほどに

汚されなかった空白が
今は保身を嘆いている
誰にも言えないでいる
聞いてくれぼくは非常識なまでにさみしい人間

おまえはうつろな瞳でぼくを見る
うつろに見える瞳でぼくを見て
骨のように白い腕を差し出す
望むならきっと連れて行ってあげよう

甘美な極彩色の世界だそこは
望むことから解放されるそのものから解放
すべては取り上げられもう自由に悩まされない
知っているかあなたが苦しいのは自由のくせに空っぽだからだ

正論に次ぐ正論
ただしさは人を殺すと言うが
物理的にそれは可能だろうか
知らないが自分の体が溶けていく音を耳元で聞いた

ありがとうもさようならも言わない
十六で望んだ結末をいま手に入れる
いま手に入れたっていま手に入れたって
言いかけた台詞は後悔になる前に砂と吹き荒れる

今夜おまえは誰のもとに現れる
生前ぼくが愛した概念によく似た姿
少年少女の夢に出てきて甘ったるい夢を植え付ける
人ひとりの生を食らうずいぶんと息の長い死神なんだ

2+

【雑記】白紙に映す

A4ノートを買ってきて日記をつけ始めた。誰にも見せない、自分だけが書きたいことを書く用に。思えば人は(もちろん自分も)人に読ませる文章ばかり書いているな。作文もSNSもブログも。文章が伝える手段だから当然だが、ここだってそう。自己満足で、自分の好きなように書いている風でありながら、まったくそんなことはないんだ。例外的にバイアスがかかっていないということはない。なのでノートを買ってきた。毎朝、思ったことだけを書く。支離滅裂でいいし最低の人間のままでいい。何の狙いも衒いも不要である。私が死んだら誰かには読まれるかもしれないがそういうのも気にすることはない。これを書いているうちは、私が生きている間は、これが私の支えになるだろう。大袈裟なのかな。小学生の頃ずっと日記帳を書いていた。宿題とかではなく自分で勝手に毎晩。それは今でも残っている。いつから書かなくなったかというとそれがインターネットを使い始めてからの時期に重なるように思う。たぶんそう。手書きがタイピングになり、他の人の発信が目に入るようになった。ちょっとは比較するようになった。こんなに素晴らしいツールがあると知る反面、内面は逆に窮屈になったようにも思う。いいだけインターネットの世話になっておいてなんだが、こういうことも日記を再開して気づいたことだ。無駄にセルフツッコミしなくてもいい、セルフツッコミもそもそも読者を意識した上でのツッコミである、言われそうなことや思われそうなことを先回りにして潰す意味がある。それで文章が面白くまとまることもあるがなんだが矯正具のようにも思えてやはり実際に窮屈である。私は日記帳を書いていたそのまま詩を書くようになった。なんか現実をそのまま書き取ることが面倒になったのかもしれない。違うんだものな。言葉にするとなんか違うなという感じが拭えないし、言葉になってる時点でそれはもう大丈夫である気もするから。詩なんかもろ言葉じゃんって感じもあるが(セルフツッコミきた)、なんだろうなまだホヤホヤなんだよ。生。ナマの感じがする。あるものないもの、そのギリギリの境目にあって、いやまだ確定じゃないんだよって感じがあって、このまま差し出そう。ふう。と言った感じに終われるのが良い。文章や言葉は人に伝える手段としてだけでなく、書いた本人が考えや思いを捨てたり拾ったりするためにも使われるし、その機会を増やすことは大切と思う。ここはここで書く。それはそれで大切である。

2+

No.845

投げつけた言葉の
威力を確信できなかった
大丈夫だろう
甘えていたんだ

きみは強い
強くて平気だ
受け止めてくれる
衝撃に倒れたりせずに

季節が終わろうとするとき
始まりにばかり目がいって
大切なものを捨てたくなる
捨てて生まれ変わりたくなる

誰にでもできることじゃない
自由を渇望しないひとは
渇望する姿を見せなかっただけ
見せてくれなかっただけ

怒りの感情が何かに変わる
青い空に向かって、ほら吸い込んでくれ
酸素を、文末のかけら、夜の星の残像を
願うのは無力の証、そばにいたいと言え

会えたら言いたいこと
会えたら話したいこと
結んで開いた手で優しいまま驚かせたい
その瞳にも収まりきらない光量で以て

4+