【小説】ヒーローのいない世界

この話は、ヒーローがいない世界のアナザーストーリー的な続編的な何か。

小学生が鬱だよ。
早めの思春期だよ。
そして作者は力技で煙に巻きますよ。

地獄のような。そう表現できる世界が羨ましかった。だって、もしここが地獄なら、次は何に喩えればいい?

ヒ ー ロ ー の い な い 世 界

ある朝目覚めてリビングへ行くと、例によって晩餐会みたいに豪華な食事があって、そこにはスーツ姿のキラさんが着席していた。その姿はまさに「できる男」。思わず出てきた言葉に反応したのはマオだった。

「ヒロさあ。いま我以外の男を褒めたでしょ」。
「あ、マオ。いたんだ。キラさんの輝きに圧倒されて見えなかった」。
「ほら、安易にそういうこと言う」。

キラさんが本気を出したことは一目瞭然だった。それから数日後にはいくつかのモデル事務所と話し合いの席を設けて、マオにも一通り社会的な振る舞いを身につけさせた。もともとスペックが高いんだよな。よっぽどキラさんのほうが魔王っぽかったや。ぼくが王手をさした時もマオよりキラさんのほうがおっかない顔をしていたもんな。あれって何だろう。生まれ持ったオーラとでも言うんだろうか。

(キラさんなら、ぼくの攻撃くらい簡単に防御できたんじゃないのかな)。

そうすればマオは魔王のままだったしあんなに多くの失業者を出すこともなかったし次のヒーローが出てくるまでしばらく安泰だったはずなんだ。どうしてこんな状況になってるんだろ。ぼくだってとりわけ正義感が強いわけじゃないし、あとになって「あなたはヒーローだったんです」と言われても「あ、そうなんだ」と思ったり「だから親がいなかったんだ」と合点が行くくらいで、それ以上のことはない。

(ぼくはキラさんに訊きたいことがあるんだ)。

小学校からの帰り道、草むらに落ちていたゲーム機を拾った。どうせ壊れてるんだろうと思いながらも珍しい形をしていたので拾い上げたら勝手に画面が表示された。ボタンを適当にかちかちやっていると、黒い画面の中央に紫色の文字が浮かび上がる。

「ヒーローがいないせかい…?きいたことないタイトルだな」。

続けて文字があらわれる。

「このせかいは10年後に魔王によってほろぼされる。食い止めることができるのは、選ばれしヒーローのみ。きみの名前をここにいれよう…。か。えっと、アキヒロ、と」。

名前を入力しながら歩き出す。走ってきた車がクラクションを鳴らしてきたので公園に立ち寄る。砂場におもちゃの剣が突き立てられていた。誰かの忘れ物かな。ゲーム機の画面を見ると、砂場にささっているのと似たような剣が表示されている。

「きみがヒーローである証拠を見せてください…。これ、抜けば良いのかな」。

ぼくはゲーム機を一旦足元に置いて、砂場にささっている剣をひっぱる。誰かが砂の奥から引っ張り返すような感触があった。負けじ。えいや、と力を込めると、いともあっさり抜けたので尻餅をついてしまった。そのままゲーム機を拾い上げて画面を見る。

「おめでとう。きみに闘う権利が与えられました」。

ふーん。おめでたいことなのかな?どうだろう。

偶然にしては凝っているな。ぼくは周囲を見回す。誰かが見ている気配はない。持ち主が探しているかも知れない。とりあえず、一日だけ。明日の朝になったら、公園のベンチに置いておこう。盗むわけじゃないさ。あずかっておくだけ。ぼくはランドセルにそそくさとゲーム機をしまうと、誰もいない一軒家に向かって駆け出した。

その夜、人生で初めて徹夜をした。

一日だけ借りる、と決めておいたから集中できたんだと思う。いくつかステージを進んでレベルを上げていって、迷ったらネットサーフィンして攻略法を見つけ出した。人気のないゲームなんだろうってことは分かったんだけど、さすがGoogle。探してみるとわずかながらも有益な情報があって、なんとか最後まで辿り着くことができた。魔王を倒した後、もう一度ネットでそのゲームに関しての情報を検索したら、今度はあんまり見つからなかった。へんだな。

翌日の登校時に公園のベンチに立てかけたゲーム機は、帰る時にはなくなっていた。持ち主が探し当てたか、また別の誰かが持ち去ったか。「あ、でもゲームクリアしちゃったや」。まあ、いいか。もう一度始めたかったら、リセットすれば良いんだ。

数日後、ぼくしか住んでいない一軒家のチャイムが鳴らされた。

「だれですか」。
「魔王です」。

どうせ夢だろう。ぼくは家の鍵を開けた。

あの時も。マオの斜め後ろに立っていたキラさんは、黒いフードをかぶっていたんだけれど、やっぱりいちばんおっかない感じがしたな。マオは魔王というより、捨てられた犬みたいな感じ。

(キラさん。ぼく、いつまで騙されたふりをしていたらいいかな?)。

「ヒロ。今度、スーツのテスト撮影あるぞ」。
「え、あ、うん。頑張って」。
「がんばって、か!いい言葉だな!我、うれしくてがんばる!」。

オムレツとサラダを小皿に取り分けながら、キラさんを盗み見る。

「マオさあ、自分のこと我じゃなくておれって言おう」。
キラさんが提案する。
「おれ?」。
「私、とか、ぼく、と同じように使うんだよ」。
「なぜだ?なんだか慣れないから我の方が出てしまう」。
「聞いていると違和感があるんだよ。この世界じゃ」。
「じゃあ、キラも同じようにしないと我も言わない」。
「わかった。おれと言う。マオも、いいな?」。
「ああ。キラが言うなら、おれもおれのことおれと言うぞ。偉いか?」。
「うん、えらいえらい」。

扱いやすすぎでしょう。問題になるレベル。これで本当に魔王とかやってたのかなあ。倒しておきながらなんだけど、だんだん現実味がなくなってくる。

ゲーム機を拾いました。
一夜で魔王を討伐しました。
ニートになった魔王が家を訪ねてきました。
そして今ではいっしょに暮らしています。

無理があるや。
誰にも話せない。

もしも秘密を守りたいなら。

荒唐無稽に仕立てることだ。

我慢できなくなって誰かにしゃべったとしても。もう誰からも信用されなくなるように。

あの子、可哀想ね。アキヒロくん。寂しくて幻覚を見てるのよ。ご家族が☓☓☓☓しちゃって、無理もないよ。創造性豊かなのよ。将来は小説家かしら。つらい体験をバネにして有名になるかしらね。きっと、そう。うん、きっと、そうだ。

ぼくの考えを見透かしたようにキラさんが笑う。

(分かって、いるんだからな、本当の魔王があなただってこと)。

ぼくはキラさんの不敵な笑みから視線をそらさずにオムレツにフォークを突き立てる。ゲームの中で、マオの体に剣を突き立てた時みたいに。キラさんは美味しい獲物を見つけたオオカミみたいに舌なめずりをする。

ぼくはいずれこの人と対峙しなきゃなんないのか。

正直、だるいなあ。

だったら、こんな小説書くの、もうやめちゃえ。

ぼくはパソコンのキーボードから浮かせた手を、グーンと後ろに反らせた。
目の端に平成最後の夏が始まる空が入っていたけど、気づいていないふりをした。

みんなみたいに、夏がくるねわくわくするねって、言えない。

ぼくにとって地獄みたい。

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no.435

できそこないで安心をした?誰も汚いなんて思っていない。一番を知っているのに。本音を口にしたって嘘をついている気がして何も言えなくなる。(だって、きみに、嫌われたくない)。傲慢だよ。好かれる努力もしていないのに?そう、これが、まだ、はじまりであるせいだ。森の奥に隠せばだいじょうぶだと思っていた。それでいて、今すぐ見つけて欲しいと思った。こんなにわがままだったなんて。知らない生き物を見ているよう。炭酸水越しに見る世界。(生きても、いいよ)。伝えたいのは逆のことかも。(どっちでも、いいよ)。歪んだ言葉を耳にする。優しい。喉ばかり正常で、飲み込んだなら発する。ぼくの不器用さが誰かを救うなら。うまくできないんだ。何も、うまく。美しくありますように。きみのせいで今日の朝も明るい。美しく、なりたい。きみのいるせいで、この世界から目が離せない。

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【小説】ヒーローがいない世界

ぼくの朝は夜ごはんから始まる。
とは、八年もの人生経験上、こんなボリュームのあるごはんを朝食に出してくる家庭は、あまりないのじゃないかと、少しずつだけど分かってきたからだ。
「おはよう、ヒロ。今日の寝起きもかわいいな」。
キッチンから出てきた男の右手にはステーキ皿、左手にはグラタンプレート。テーブルの上には、鳥の丸焼き、ハヤシライス(鍋ごと)、オムレツ、サラダ、お刺身盛り合わせとあって、きわめつけにスイーツビュッフェだ。
「ねえ、マオ。ぼく言ったよね、朝はこんなにつくらなくていいって。見ただけで胃がもたれそうなんだけど」
「ヒロのことを考えていたら完成してしまったものばかりだ」
マオはうれしそうだ。悪意があるよりたちが悪い。うん。とりあえず椅子について、さあどれから手をつけよう?現実的にいってここはサラダとオムレツかな。食べられるぶんだけ取り分けて小皿にのせた。
「だいたい、こんな作って、ぼくは食べられないのに。食材をむだづかいするのも大概にしろとあれほど、んむ」。
口に入れたオムレツが、とろっとろのフワッフワだったので一瞬黙ってしまう。
「残飯処理については問題ない。我が臣下に少食はいないのだから」。
口の中でオムレツがほろほろほどけていく。
やばい、腕を磨きやがった。
いつにも増して、おいしい。
という表情を、しないようにしなければ。
表情にばかり気を取られていたのがいけなかった。
2口目に進むタイミングが早過ぎたのだ。
「うれしいぞ」。
向かい合わせに座ったマオは頬杖をついてぼくを見ている。褐色の肌にサファイアの瞳がまぶしい。威厳?あるんだかないんだか。ぼくには感じられないけど、見た目だけで言えば風格は、ある。さすが腐っても魔王なだけあるな。元、だけど。

ヒーローのぼくが魔王を倒してしまったのは一年前。空気を読めない小学二年生のことだ。本当は十年後に倒す予定だったんだけど最近は攻略法があっさり手に入る世の中になってしまって、ゲームだと解釈したぼくはうっかり倒してしまった。もちろん魔界は大混乱だ。段階的にぼくに襲いかかる予定だった魔物たちは無用となり、大量の失職者が出てしまった。魔王だって例外ではない。ニート魔王だ。他に生きられる道もないのでとりあえずぼくは同居することにした。ヒーローへの復讐を誓い身近に潜伏する魔王、というていで。そうすれば、まあ、いちばん丸くおさまるのかなって。ぼくなりに考えたんだ。ぼくはちっとも悪くないけど少しは責任を感じていて、ヒーローの掟として親は消されていたから、保護者的な立場の人がいてくれると助かるし。十八になるまでは親権者の同意が必要なことって多いよね。じゃ、マオでいいかって。

だけど、マオは違ったらしい。

なんていうか、全力で楽しみ始めちゃったのだ。この人ほんとに魔王の器だったのかな。臣下と呼ばれる方々の方がよほど強面で威圧感が漂っていて無理なんだけど。でもマオの言うことは絶対だからぼくにちょっかいを出したりしないし、見せしめで消された方もいたっけ。あの時のマオは、うん、そうだな、たしかに魔王らしかった。だけどぼくがそれを見て「わー、魔王すごーい、強い魔王だいすきー」って言うような八歳児でなかったから、マオはすこししょんぼりしていた。

「思い出し笑いか?」。
いけない、食事中だった。
「ヒロは、いいな。学校は楽しいのか?」。
「連れて行かないからね」。
「なっ、連れて行けとは、まだ言ってないだろう!」。
「顔に書いてある」。
「なんだと?!」。
「ごちそうさま」。
「ごちそうって言ったか?いま、我のつくった朝ごはん、ごちそうって言ったよな?」。
「いってきます」。
「ヒロ、もう一度言うのだ!」。
「洗濯物は室内に干しといてね。午後から雨が降るみたい」。
「ヒロ!」。

とりあえず家を出る。歯磨きは学校に着いてからするようにしている。そのほうが落ち着くから。ふう。なんとかマオに楽しく過ごしてもらわねば。ぼくはマオより先に寿命がくるんだから。かと言って学校に連れて行っても先生が困るだろうし、友達と遊ぶ時にマオみたいなやつがついてきたら防犯上は良いのかもしれないけど、マオは力量の差を考慮できないからおにごっことか始めたら公園が焼け野原になっちゃいそうだしな。どうせならあの見た目も活かしたい。ようは、人前に出していきたいんだ。かつ、あくまでイメージとして。マオは過去や素性を語るわけにいかないし、だけど普通に外に出れば目立ち過ぎるし。

教室に入ると女子が集まってきゃあきゃあ高い声を上げていた。
「何してるの?」。
「あ、ヒロくん、おはよう」。
「雑誌?」。
「知ってる?ドラマやってたオニツカくん。今度、映画出演決定だって」。
「オニツカ?」。
「知らないの?隣のクラスだよ」。
「そんなやつ、いたっけ?」。
「もう、ヒロくん、世界知らなさ過ぎ」。
「ゲームばっかりしてるんでしょ」。
女子が口々に語るところを要約すると、オニツカは天才子役だということらしい。それはそうとして、なるほど。芸能界という道もあるのか。たとえばマオが「我は齢数百年の魔王で」とか言い出しちゃっても「そういうコンセプトなのかな」でやり過ごすことかできる虚構の世界だ。あり、かも。

「モデル?マオが?」。
まあ、いきなり本人に言っても混乱しそうなので腹心の部下であるキラさんに相談する。
「うん。マオに演技とか無理かなって」。
「それは同感だ。しかし、あいつは営業力も交渉術も皆無だぞ」。
キラさんはマオの幼馴染でもあるので、他の臣下の方々より砕けた言い方をする。マオのこと、あいつ、って呼べるのはキラさんくらいだろう。マオとは対照的に青白い肌に、アメシストの瞳。よっぽどキラさんのほうが魔王っぽいや。とは言わないけど。マオって、拗ねたら面倒だから。
「はい。なので、キラさんがマネージャーすれば良いのかなって」。
こんのクソガキが。
って顔を一瞬された気がしたけど、キラさんも根は悪い人ではない。特にマオ絡みでは、出来るだけ協力する姿勢を見せてくれるのがキラさんだ。
「わかった。なんとかする。それがマオのためになると、ヒロが本気で思うのなら」。
「うん、思うよ」。
「わかった」。
「マオ、ばかだから。キラさんがマネージャーしてくれると、心強いと思う」。
「こんのクソガキが」。
あ、口に出してきた。
「キラさんのほうがスカウトされちゃうかもね」。
「お世辞言ってんじゃねえぞ。その首もいで血抜きするからな」。
「ぼくがそんなふうに死んだらマオが悲しむと思う」。
「異議なし。契約成立だな」。
ぼくはキラさんと握手する。さすが(元)魔王の右腕。すっごく、痛い。

(つづく?)

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【小説】人魚の楽園

ぼくと暮らす人魚は仲矢という。

高校二年の一学期に人魚になった。上半身はそれまでの仲矢だけど下半身が違っていたから、まあ付き合いづらそうな人も中にはいて(そっちが大多数だったんだけど)、それからぼくと一緒に暮らすようになった。

自転車で片道十五分かけて行ったとこにあるホームセンターから大きな盥を買ってきて縁側に置いている。仲矢は大抵そこにいてぼくが勉強したりゲームしたりぼんやりしているのを見ている。

仲矢、へいき?
ん、少し暑い。

一日の会話がそれきりということもある。

人魚ってもう少しロマンチックなものを想像するんじゃないかと思うがそのへんは割と普通。特別じゃないかわりに呆れるほど普通ってわけでもない。どこにだっていそうな感じ。

おまえはさ、ちょっと狂ってるよね。一見そうとは分かりづらいんだけど。
どうだろ。
絶対そうだって。今だってへんだよ。
へんって?
もっとおれを気持ち悪がるべき。
その期待には応えない。だって。

(「だって」、そのつづき、なんだろ?)。

同級生が人魚になったこと以外に変哲はなかったんだけど、毎夕来ていた三毛猫が寄り付かなくなったのはさみしかったな。それを仲矢に打ち明けてから、三日くらい経った頃か。

月のない夜に仲矢が言った。

「なんか、もう、かえろっかな」。

呟いただけなのに、その声がいつもより響いて聞こえてぼくは思わず顔を見た。

「どこにだよ。そんな場所ねえじゃん」。

自分の声が、怒ってるようにきこえなかったか、少しだけ気になった。

「仲矢。おまえの帰るとこなんかねえじゃん」。

繰り返さなくてもいいのに繰り返した。

「そうだよな。おれの帰るとこなんかないよな」。

そう言って仲矢は、ふはは、と笑った。

その夜はなかなか寝つけなかった。ぼくは自転車の荷台にくくりつけた盥に金平糖をいっぱい積んで走る夢を見た。進めば進むほど盥から金平糖が散らばって、追いかけてくる何かにぼくの居場所を教えてしまう。慎重になる余裕もなくてただ振り返らないことだけを意識した。ペダルが錆びついたように重いんだ。気づけば田んぼに仰向けになっていた。向かい合った太陽が、黒い影に隠れる。手を伸ばしてその影を視界から退けようとする。うまくいかない。影は何かを隠している。それが太陽に重なる。まんまるい。ボール。ああ、バスケットボール。息が苦しくなる。喉の奥から金平糖が湧いて出てとまらない。甘くないとげとげが痛いのに声が出ない。ごめんな、ってその一言が、出てこない。影が笑う。ふはは。

「青春って、こういうこと?」。

はしゃぐ仲矢を荷台に乗せて自転車をこぐ。
夜が明けていく坂道を海に向かって走る。
世界がまだ始まっていないような、ぜんぶ終わってしまったような。
問題だらけなのに、一周回って、もう何の心配もいらないって思えた。

「海、怖いとこだよ。へんな生き物いっぱいいるし。そいつら毒とか持ってるし」。
「かもな」。
「食べるもんわかんなくなっても堤防付近来ないようにね。ほら、釣り上げられたら話になんないじゃん」
「ふはは」。
「だけど、お腹空いてどうしようもなくなったら、あの岩場に来るといい」。
「犬の鼻?」。
「仲矢の好物なんでも置いといてやるよ。なんだっけ?たこ焼き?あ、うまい棒とかのが良いかな。湿気って食べれないか」。
「おまえさあ」。
「うん?」。
「おれのせいでさ、自分のこと責めんなよ」。
「え?」。
「言うほど好きじゃなかったんだわ。バスケットボール」。

仲矢の声はあまりにあっけらかんとして、無責任だ、とすら感じる。

「みんながすごいねって言うからやめなかっただけ。もっとすごいやつなんていっぱいいるし。だけど後戻りできないんじゃないかな、って」。

自転車が小石を踏んづけて、タイヤがみるみる張りを失ってく。
それでもぼくは、ペダルをこぐのをやめない。
決定的に。

「むしろ、誰もきずつけずにやめるきっかけができて、それはそれでよかったなって思ってる」。

決定的に、許されたいだけ。

車椅子に乗って現れた仲矢には誰も声のかけ方が分からなくて、みんなで見えなくなったふりをした。

「てか、食いもんのこととかで気い遣ってもらわなくても結構ですから」。
「仲矢、ちょっと天狗なとこあるから仲間はずれにされないか心配」。
「大丈夫でしょ。海はひろいし。どっかにはおれの楽園くらいあるって」。

人魚の楽園。

か。

その日ぼくは仲矢が潜っていった海を何時間も見ていた。たぶん、なんだけど、タイミングがちょっとずれちゃっただけなんじゃないかな。生まれ変わりって信じる人もいるでしょう?普通は一旦死んだあとに別の命になるんだけど、仲矢はそのタイミングがずれて、生きている間に「生き変わった」んじゃないかな。ぼくは思う。波音はいつまでも耳に残って、受験勉強中も就職面接の最中でも消えなかった。大学入学を機にぼくは島を出てビルの多い街ですっかり暗くなるまで働いている。港まで見送ってくれた友人たちには「おまえなんか三日で帰って来るから」なんて散々言われたけど、かれこれ三年が経つ。島に帰る気は、当分起こりそうにない。

無いものが何も無い街でぼくはふと思い出す。
波の反射や、盥で金平糖を運ぶ夢のこと。
太陽に重なったバスケットボール。
ぼくと違って日に焼けた肌の仲矢が息を吸う。
景色が屋上に巻き戻される。
風。温度。におい。全部ただしく。

「ねえ、一生の思い出つくってやろっか」。
「え?」。
「おまえいっつもつまんねえ顔してっからさ」。
「…なに」。
「うっとうしいんだわ」。
思い出した、仲矢だ。こいつの名前。
「生きてておもしろい?」。
こいつの存在感。
「その顔じゃ無理でしょ」。
こいつの笑顔。
はい、無理です。
足早に立ち去ろうとしたおれに仲矢は言う。

「一生の思い出。おれのこと後ろから押してくんない?失敗しても、絶対誰にも言わないから」。

吊革につかまって車窓から外を見ると、つくりものみたいなピンク色がもうすぐ夜を散りばめようとしていた。家々の窓はすこし光って、すこし暗い。誰かがいる。傷つけながら、愛しながら、許しながら、約束をしている。海の中って、案外こんなかんじかな。ぼくは考えて空を見る。そこに誰かの目があってこっちを向いている気がして、「あっ」、やっぱり目が合う。

あの日屋上で仲矢の背を押したおれが、やっと見つけてもらえたって、安心したようにこっちを見ていた。

2+

【小説】ハミングのないピクニック

「それほどお腹が空いていなかったのがいけなかった」?

いや、違う。

それほどお腹が空いていなかった時に出歩いたのがいけなかった。

月のない夜に。

ふと、こわいような気がしたんだ。ずっと平気だったことが。どうして平気でいられるのかって。

おれは、なんとなく、それまで食べたもののためにもう一度生まれ直したいような心持ちで草むらを歩いていた。

「痛いです」
みっともなく飛び上がったのは、足元からとつぜん声が聞こえたからじゃない。
月のない夜にもそれがすこし輝いて見えたからだ。
「あなた、今、あたしのこと踏んづけましたよね」
「あん?」
「だったら、拾ってください」
「なんだと?」
「もう一度言います。運命なので、拾ってくださいな」
「あ、はい」

あの時は内心「あさごはん、みっけ!」くらいのノリだった。とりあえずその時は満腹で、だけど朝ごはんはあるに越したことはなくて、都合のいいことにそいつはおれを怖がらないから仕留める必要もなかった。

それがまあ、毛づくろいなんて、されてしまって。孤高の遺伝子が泣くぞ。

崖から落ちる時にすべてを忘れてしまったんだそうだ。矛盾だらけだとしてもおれはそいつが最初に語ったことを信じて、まあそれでいいかって思ってる。嘘でも本当でも。そいつがそういうことにしたかった。じゃあそれが事実だったってことでいい。

おばあさんが死んでしまった次の日、銃をかついだ猟師がやってきて、あの時の恩を返せと言うんだそうだ。いやだと突っぱねるとあっさり諦めて帰るんだが、次の日もまた次の日も来るんだそうだ。

それでね、猟銃を奪って撃ってしまったのよ。なかなかやるじゃないか、心臓か?まさか、左腕一本よ、べつに殺したいわけじゃないもの。まあ、そうだ。そうでしょ?そうだ、おれはその気持ちをとてもよく分かるぞ。殺したいわけじゃないんだ。うん。食べないといけないんだ。食べる?いいや、こっちの話さ。

誰も連れて行ったことのない花畑をなんとなく秘密にしておいたのは、分かっていたから。彼らはおれをこういう目で見る。

(そこへ連れて行ってどうしようと言うの?)

白い花がたくさん咲いたんだ。それを、見せたいだけ。

(嘘をおっしゃい)

ほんとうだよ。

(いいえ、それも嘘。いきなり食べる、つもりでしょう?花だって咲いてなんかいないのよ。あなたが育てた花が咲いたりするもんですか)。

がぶり。

夕焼けから夜になる時がいちばん安心する。
わかるわ。
自分が隠されていく感じがする。
そうね。
もう思い出しているんだろう?
気づいていて?
きみは忘れたりするもんか。
もういいの。
スカートの中に何を隠している?
何も。捨ててきたの。
おれは逃げたりしないさ。
あたしもよ。
追いかけたり食べることには疲れた。
そんなこともあるのね。
いつもだよ。
あなたオオカミには向いていなかったのよ。
そうかもな。
次はきっと平気よ。

おれたちは森で暮らしていた。特別なことじゃない。月のない夜にだけふたりでハミングのないピクニックをした。今までずっと、誰に自慢したこともなかったけれど。

3+

no.434

君がいなくなって僕だけが残った意味を考える。この街がうしなったものについて。前と後で何か変わっただろうか。もったいぶって答えを先延ばしにしている?誰も気づかないマジックアワーも水たまりにうつる空も。のぞきこんだら君から背中を押されそうで、だから、しない。目を離したすきに読みかけの秘密が暴かれてしまう、すごろくの上で繰り広げられるインチキ合戦、にせものの三角形に心惑わされること。もう、無いなんて。夢みたいだ。とんでもない、夢みたいだね。もう一度雨が降っても君に呼び止められることがないなんて。悪口を言っても怒鳴られることがないなんて。どうせ消えてしまうのなら消してしまえばよかったな。それをしなかったら何がごほうびになるの?いつまでも踊っていたかっただけ。何も知らない夜に。明日のことを未来なんて呼びたくなかっただけ。明日はただの明日だ。僕にけだるい空腹を持ってくる。行き交う細胞は愚痴なんか言わない。君がきれいだねと言ったこの目は、もう誰にも褒めてもらえないだろう。睨んでいく。キャットフードを知らない猫みたいに。平気だって言う。ちっとも違っていても。明日は明日。今日は今日。血は今も赤い。蜜に濡れて重たいまつ毛で風向きを知る朝。わるくないだなんて、つまらない嘘をつく。

1+

no.433

みんなすこやかであってほしい。きれいごとだって笑うんでしょう?生まれたときに、いちばん好きだったひと。ぼくの、いつも、大好きになるひと。わかっているなんてうそだったね。でもそれは、それしかないひとの、せいいっぱいの「だいじょうぶだよ」だった。支え合えないこと分かってる。少しでも誤解されないよう、怯えながら歩み寄るしかないことも。二度と戻らないんだとしても。未来は想像していたよりずっと、ずっと、なんにもない。ふたりは絶望にすこしだけ期待していた。夕焼けがきれいな日に死にたいね。まだ柔らかさのある、しめった手をつないで。音楽の教科書が鞄に残ってる。(あなたたちの選んだ楽曲は何の未練にもならない)。かすり傷ひとつひとつはぼくたちを守るものだった。昨日、道で、見た、内臓と毛玉がいっしょくたになった小さなもののようになれるかな。分別のつく前に。お互いの手がまだ愛しいうちに。やがて分かってくるんだ。それでも生きていけちゃうことに。他人と自分のあいだにある時差ぼけは修正できるってことに。笑うことも泣くことも自然だってことに。緑に隠された夏休みの入り口。ぽっかり空いた穴の奥には何があるんだろ。誓ってこれは好奇心だ。もう行っていいでしょう?この先を知りたいんだ。ぼくたちに関係のあること。のぞいてもいいでしょう?贅沢に呼吸できたこと忘れないから。数字になって会いに行くよ。

3+

no.432

人体に珊瑚色は備わっていない。きみはぼくを凡庸にしてしまう。泣くこと、こんなに簡単だったんだね。壁なんかなかった。見えないものを勝手に見る目が、真贋を見極めるふりをしていた、他に使い道のない特権で。

夏になると現れるぼくの人魚が、もうシュートできないバスケットボールを抱えている。卵を守るみたいに。楽園は液晶の中でじゅうぶん美しいからわざわざ本物を見に行く必要はなかった。ワンルームで、溶けない氷にシロップをかける。月額4万円の。

人魚は断罪のためなんかじゃなく、他愛もないわがままを言う。そしてぼくには拒否しない自由がある。永遠なんてどこに見つからなくてもいい。いつだって感じることができるんだから。シアンが足りない、この、他所者を迎え入れるにはあまりに怪奇なこのワンルームパラダイスにおいて。

まばたきするたびに鱗がオーロラに光ってる。痛いです、神さま。はやく終わりにしたいです。そう、これも、わがまま。以前の、言葉、の遊戯。子どもみたいにいつまでも無頓着なわけじゃないよ、きみがもう履かなくなったシューズを壁にかけっぱなしでいるのは。優しくならないでほしい、許すだなんて言わないでほしい。王子様になれないなら、ずっと嫌われていたいんだ。

泡にならないよう、消えていかないよう、きみが期待したってぼくは裏切らない。それがぼくたちの過ごす楽園での、たったひとつの、さいしょでさいごの、破ったとしても誰にも裁かれない掟。小瓶の底にいるのと変わらない。悲劇とは思えないでたゆたっている。

夢に見ながら。口ずさみながら。たまに目配せをして。笑い合ったりもしながら。運命、なんて、すごくどうでもいい。心底どうでもいいです。名前なんて剥奪してもいい。ぼくが加害者であろうが、きみが被害者であろうが。まるで過不足がないね。だけど人前では悲しい顔をしていようね。だって、平気だろう?

1+

no.431

潮が引くのにさらわれないぼくを意識していた。太陽がのぼっては月に追いやられ、夜の上に朝が何度も降り積もっていた。

雪を初めてみたあの人みたいに一日の終わりと始まりを見続けたって飽きることはなかった。拳銃、それは、友達ですか?

複雑めいたアルゴリズム。本当はとってもかんたんなこと。願いを打ち破られないよう魔法をかけてあるんだ。それは柔らかく頼りがないから。

壊れてくれたら楽だったね。愛をさせてよ、愛をしていてよ。守りたいって、いつも口にする。

かわいそうだよ。言ってくれるきみがいないから、こいつを鳥かごに入れておく必要もなくなった。飛んでいけ、味気ない自由に見放されまでは。誰にもかえりみられないふたりを彩るために。

沖。はぜる。蟹。どろ。飛行機。そら。山。うみ。

ぼくは書く。

草。はな。すみれ。砂糖。充血。思い出せるもの。新しいもの。病みついたように。

文字はさらわれて深海でくらげにでも生まれ変わるだらろう。いま、いま、きみが思い出になっていく。遠く離れるよりもはるかに、ぼくごときにどうしようもなく。光なんか要らない。ここはじゅうぶんもう明るい。

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【雑記】バターはきみどり

深夜2時に怒りに似た何かのせいで目が覚めてしまったんですが、こんな時間にも走る車があると夢しかない。

しばらく眠くなるまで文字を書いておこうと思うんですが、アボカドって美味しいよね。あれは、さ、そもそも何か?果物なのか野菜なのか。そう思って調べたら果物だそうだ。これは結構意外で「あ、そうなの?」ってなるくらい。でも一度知ったら「うん、そう」ってなるから人間は汚いと思う。

なんでアボカドがあんなおしゃれな感じかって思ってて、だけど嘘だよ。私は、あれは嘘つきが食べるものだと思っている。食べたらわかるんだけど、まろやかなのね。もったり、まろやか。森のバターと呼ばれることもある、つまりバターなんだよ。アボカドをサラダにのっけて食べるひとは本当はバターをごろっとのせて食べたいんだけどもそれじゃ周囲から何言われるか分からないからとりあえずアボカドのっけてみっかって魂胆でしょ?知ってるんだから。だって美味しいもんなアボカド。アボカド大好き。

アボカドと生ハムはサラダの鉄板だよね。なんならもうサラダとか要らないから。野菜部分ぶっちゃけなくてもいいから。じゃあもう単体でいいんじゃね?ってなるでしょう?そうなんだよ。自分に素直に生きたい。

誰も傷つけずまろやかに生きていきたい。ホラーコミックみたいに。芸人みたいに。どんなぐさぐさ刺したり見下すようなツッコミしてても演技じゃん?イミテーションじゃん?その先には「楽しませたい」があるのでしょ?絶叫マシーンもそうだよ。その身なりから想像もつかなくて人を恐怖に陥れたりもするけどやはりそこには楽しんでほしいなっていう思いやりがあるのでしょう。そういうことだと思うんだ。

みんながそれぞれ、持てる能力をのびのびさせて、頑張らないでも発揮できる部分で、広く社会に貢献できたらいけたらなって思ってる。そんな未来になってほしい。いや、そんな今になってほしい。

おわり

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