小説『逢う魔が時』

買ってもらったボールが飛ばなくて
こんどは空に向かって投げた
ぼくの名前ごと飛んでいった
いずれ落ちてくるだろうと正門をくぐる

帰り道にボールを探したけれど見つからない
ほかの人に持っていかれたんだろうな
あるいは犬とか車に潰されるなどして
ぼくはボールのことを忘れて宿題にはげむ

それから数年が経ち
ぼくは少しの変哲だけ持った大人になった
大人ってなってみると案外かんたんなことで
だけどときどき夕焼けから目をそらす

茜色の中でぽつんと電球みたいに
あの日のボールが落ちていた
ゆっくり歩み寄り拾い上げようとする
誰かの手が重なった

驚いて手を引っ込める
あの日のボールなわけないのに
自分のもののように拾おうとなんかして
ぼくはおとなの仮面をつけてから顔を上げる

失礼、

同時に発したその言葉が重なる

すみれ色の目をした生き物だった
本来ならどんな色かは分からない
茜と混じってしまってる
ただこの世界で生まれたものではないだろう

白球の主はあなたか
待たせてすまなかった
この星の空気に慣れるまで
意外といろいろ必要でな

かわいそうに
きれいな男だが頭が弱いんだろう
だけど手渡されたボールにはぼくの名前が書いてあって
仮初めのお面は音もなく剥がれ落ちた

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No.752

メロンクリームソーダ
くまのぬいぐるみ
ぴかぴか光る目
海だけの地図

きみを取り巻く
たくさんのものに
思いが込められていて
負けそうになる

勝ち負けじゃないのに
いちばんがよくて
いちばんになりたくて
負けたくなくて

蹴落とす強さもなくて
懇願する勇気ももてないで
気持ちばかりあって
気持ちしかなくて

怖いよ
きみは笑ってくれる
そんなの怖いよ
もしおまえが

私を選ばなくなったら?
そう考えると怖くなるよ
おまえのせいで幸せだから
これ以上不安にさせないで

ぼくたちは間違いを犯す
同じ間違いも
違う間違いも
もう一度繋ぎたくて繋いだ手を離したりとか

安心じゃないきみがいて
適切じゃないぼくがいて
人は今日も人を傷つけて
きみは今日もぼくに優しい

2+

小説『完璧な部屋』

きみの平和のためにぼくの心が殺されるのならそれで構わない。

パンくずをついばんでいた白い鳩はぼくの言葉を聞いて首を傾げた。

ぼくたちはしばらく甘い音楽でも流れ出しそうな雰囲気のなか見つめあっていたけれど、玄関から人の気配がして振り返った隙に鳩はいなくなってしまう。
残りのパンくずぜんぶを見事にたいらげて。

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1+

No.751

あなたがぼくを愛さないので、あなたがなりたがっているものにぼくはなろうと決めました。少し難しかったが苦ではありませんでした。いろんな手を使ってここまできました。びっくりしたと思う。嫌悪もあったと思う。だけどぼくはもう衣装をかぶっているのでここから先は時間の問題。どんな恋も勘違いから始まるんです。つまりノンフィクションもフィクションから始まるんです。その中でかけがえのない本当を見つけていくということ。もし見つからなくてももともとフィクションだったものがやっぱりフィクションだったと分かるだけなので何を失ったわけでもなく、むしろ得るもののほうが多いだろう。あなたはなるべく気が散らないようにさくらんぼのヘタを結んでいるがぼくにはちょっと先の未来が見える。あなたはそんなに我慢強くない。ぼくはそんなに諦めが良くない。残り時間をどう使おうか。みるみるにじんでくる涙をかわいいと思ってしまう。小瓶に集めてレプリカの海をつくりたい。ぼくも今を堪能しよう。ぼくのものでないあなたを見るのもあと少しのことだから。そう信じているから。おねがいだ、あきらめて欲しい、これ以上の手はないんだ、全霊をささげたんだ。

『下克上の詩』

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